第357話 即席管理達の駆け足

元々はワインの圧搾器、搾汁器とでもいうのか。

太い木ネジを使って圧力をかける方式であったそれは、ゴルゴゴの改造で随分と姿を変えていた。

まず、印刷面に圧力をかけるための木ネジの数が増えていた。

1本だった木ネジが4本に、大幅増だ。1本だと小さな絵を印刷することしかできないので、俺が要求するノートサイズの印刷をするために数を増やしたものらしい。

安易な発想かもしれないが、大きなサイズで印刷できるようになるということは、男爵様が描く精細な銅版画を大きなサイズで印刷できるということである。

実は、芸術方面に与える影響は大きいのではなかろうか。

今のところ、そちらに持っていく話はないが、人喰巨人観察に遠征する予定の男爵様とジルボアに話を通しておいてもいいかもしれない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ちょっと出かけてくるね!」


と断って、会社から出て行くのはサラのチームだ。

大体の方針が固まり、まずは資料を調査に行くようだ。

このあたり、前回の助祭教育の際に参加していたサラのチームには、明らかにアドバンテージがある。


一方で、もう1チームは議論が長引いているようだ。

結論が出ない、決断ができない会議が続くのには2つ理由がある。

まず、決断をする人間でない参加者が大勢いる場合。つまり評論家のように意見は言うが決断や責任を取る気のない人間が多い会議だ。

意見を聞く必要がある場合もあるので、その際には決定権のある人間とない人間をわけておくのが良い。


ただ、今回は3人と少数のチームなので、この種の問題は起こらないだろう。

その意味もあって、6人で一緒に動くのではなく、3人にわけておいた。

不思議なもので、人間の集団は4人を超えると決断のフリーライダーが出始める。

そして建設的な議論ができるのは8人までと言われている。

まともな意思決定ができる組織は、大体が1グループ8人程度に抑えられているものだ。


もう1つの理由は、単純に決断するための情報(インプット)が足りない場合だ。

天才的な指揮官や起業家は、ごく少ない情報で正しい方向を導き出せる場合もあるが、普通の人間はそうではない。

走り出す前に、右か左か、程度の情報を収集するのは当然のことだ。

情報が足りない場合に堂々巡りとなる議論は、迷っているのではなく、悩んでいるだけに過ぎない。

悩むぐらいなら、まずは足を使って情報を稼ぐべきなのだ。


このあたりの意思決定と情報収集のバランスを取ることは難しい。

果断に過ぎると勘頼りになるし、慎重に過ぎると何もできなくなる。

試行錯誤を通じて、自分達の組織にとって最適のバランスを見つけていくしかない。

ただ、大きな組織に属する人間は保守的になるものなので、経営者としては各人が果断な決断を下しやすいように、各組織のサイズを小さくしたり、果断な決断をする人間を上位の職位に引き上げたりするよう仕組みを整えるものだ。


もう一方のチームが座り込んだまま議論している様子を見ていると、それなりに良さそうなことを議論しているようにも聞こえるが、さっきも聞いた話の焼き直しの気もする。


まあ、初日でもあるし、動いたチームと動かなかったチームで差がつくのも面白いかもしれない。

競わせることで、自分達のチームの行動を振り返ったり、反省しやすくもなる。

上から言われては気づけないことも、横を見ることで気づくことは多い。


そのあたりの「気づき」をどれだけ重ねることができるか。

即席官吏達の成長は、そこにかかっている。

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