第356話 印刷業の芽生え
解散を宣言すると、まずは2チームが別々に円になって話し合いを始めた。
とりあえず話し合いが持たれている、ということ自体が前回からの進歩だとも言える。
質問がないか少しだけ待ってから、靴工房の方へ指示を出しに向かう。
代官の準備もしなければならないが、現業を疎かにするわけにもいかない。
その意味で、この工房で講義が行えることは、自分にとって都合が良い。
代官と靴事業の2つを平行して回す上で、最も逼迫する資源は、俺の時間なので、それを最大限有効に活用できるよう業務を設計するのが正しい。
講義に使う場所として教会を借りたりすると、移動時間がかかってしまう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
拡張中の工房の別の角では、ゴルゴゴが葡萄圧搾器を改良した印刷機を使って、いくつか印刷を試みている。
実は領地経営のための書類や講義の教科書を作るために、現在、試作中の印刷機を運用しようとしているのだ。
書類のテンプレートを作るだけなら銅板印刷のように繊細な絵は必要ないので、普通に版画印刷の方法で可能なのだが、凝り性のゴルゴゴは幾つかの種類のインクや、圧搾の力加減などを試しているらしい。
「書類でも線は細く出たほうが、何かと便利だろうて」
と、本人は言っているが、ただ技術的に難しい事に取り組みたいだけにも見える。
それを手伝っているのは、少し前から丁稚の修行に入っている、家出していたエラン少年だ。
親御さんといろいろ話し合った結果、最終的な修行先が決まるまで、まずは会社(うち)で働かせて欲しい、ということになったのだそうだ。
一度、本人の意向を無視して修行に出した結果、修行先を飛び出した前科があるので次のところは慎重に選びたい、ということと、絵を描く仕事場で実際に下働きをさせれば、絵を描く仕事に対する幻想が冷めて地に足の着いた正業についてくれるのでは、と期待しているらしい。
その間、賃金は不要との先方の申し出だったかが、それは断った。
修行期間であっても、仕事に責任感を持たせるためには賃金を払うべきであるし、それにゴルゴゴの助手が足りないのも事実だった。
これまでも何人か職人をゴルゴゴの助手につけたことはあるのだが、靴事業の本業が忙しく人をフルタイムで貼り付けることができていなかったのだ。
「おし、じゃあこの銅板に真っ直ぐな線を引いておけ!等間隔で20本な」
「は、はい」
何やらゴルゴゴに指示されて、ノートの原盤らしきものを作っている。
製図用の器械は会社(うち)になかったはずだが、立てかけた広めの板に真っ直ぐな細い板を十字に組み合わせた定規のようなものを当てながら、懸命に線を引いている。
当たり前のことであるが、真っ直ぐに平行な線を引こうと思ったら、そのために専用の器具を作る必要がある。
俺が気軽に、こんな感じの書類を作りたい、とゴルゴゴに相談していたのだが、それがゴルゴゴの技術者魂に火をつけていたようだ。
代官業と靴事業の双方を効率的に回すためには、今行っている官吏の育成と、管理用の書類の整備は管理の両輪となる。
ゴルゴゴと、それを補佐するエラン少年には、ご苦労だがしばらく頑張ってもらうしかない。
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