第346話 代官のメリット・デメリット
平民が代官になる。
ニコロ司祭は事例があるというが、平民と言っても貴族の称号を買えるような大商人や、代々貴族家に仕える奉公人のような人間を想定しての規則だろう。
俺のような元冒険者で、ポッと出の商人を想定したものとは思えない。
あるいは、徴税権を金銭に変えたという意味では徴税吏としての代官なのかもしれない。
そういった連中は金銭の元を取ろうと考えるので、無理な重税を課すことが多く、農民からは蛇蝎の如く嫌われるものだ。
「ケンジさんは、そういったことをしないでしょうから」
とミケリーノ助祭は評価してくれたが、それにしても異例なことであるには違いない。
「それで、私はいつから代官となるのでしょうか」
この手の大組織の事例は、発表されたから即実行、というわけにはいかない。
俺が代官になるからには、代官から押し出される人間もいる。
その押し出された人間は異動するわけで、その先の人員も異動させる必要がある。
さらに、財産を移動させるのも、この世界では一苦労である。
引越しを任せられる業者がいるわけではないから、基本的には自分で手配することになる。
財産を貨幣で持っていればいいが、穀物や土地、建物といった形で持っていることも多い。
特に土地や建物は、文字通り不動産であるから、次の任地に持っていくことはできない。
大抵の場合は、異動してくる人間が買い上げることになるだろう。
そのための査定にも人員と時間が必要だ。
「次の収穫の後だな。それまでに準備をしておくように」
準備と言われても、できることは少ない。
俺は商人として育成してきた人間はいても、領地経営のための人間など抱えていない。
ふと、ミケリーノ助祭を見ると愉快そうにこちらを見ている。
それで、正解がわかった。
ニコロ司祭に向かい
「教会から人員を借りることはできますでしょうか?」
と尋ねると
「若い連中であればな。鍛えてやるが良い」
との答えが返ってきた。
これでニコロ司祭の思惑はおおよそ理解できた。
俺に代官を任せると、ニコロ司祭からすると多くの利点がある。
まず、俺を自分の派閥の人間として周囲に認知させることができる。枢機卿の靴を納入した頃から、他の派閥と思しき聖職者からアプローチも多くなっていたから、それらに対し、手を出すな、ということだ。
次に、代官を任せることで俺の会社に払う金銭を節約することができる。代わりに領地を任せているわけだが、代官は任期制なので任期後に領地の資産価値が増えていれば、それは費用でなく投資になる。
不足する人員に若手の聖職者を送り込み、俺に教育させると共に、俺が実施する領地経営のノウハウを学習することができる。
では、俺は損するばかりなのだろうか?そうとは言えない。
まず、教会の代官を任されるということは、普通の商人では逆立ちしても買えない社会的信用に繋がる。何しろ教会の財産を任されるのだ。それに、派閥に正式に認められるのも悪いことではない。むしろ、これだけ教会利権に踏み込んでいるのに派閥に所属していない状態の方が危険である。武力の面では剣牙の兵団をあてにできるにしろ、政治的には、ただの平民ではいられない。
そして何よりも、冒険者の支援をするための一貫した社会システムの構築に取りかかることができる。
それが、何よりも嬉しい。
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