第331話 家出少年の帰宅
とは言うものの。
しばらくは俺達部外者は傍観する以外にすることはなかった。
部屋の奥から金切り声をあげて母親が飛んできてエランをひっぱたき、父親が飛んできてエランを拳骨で殴りつけ、妹も一緒になってエランを叩き、その後で心配をかけたと謝るエランを全員で抱きしめる、という家出息子を迎える家族の一連のイベントが行われている間、俺とキリクは数歩引いて邪魔にならない場所で見守るしかなく、サラは涙を溜めて頷くばかりだし、ドアが開け放たれていたせいで階段中に響く騒ぎとなって、ご近所の人達もドアを開けて騒ぎを覗くし、という何だかよくわからない状態になっていた。
これは出直すべきか、しかし家族と話をつけておかないとエランも身の置き所がないだろうし、と迷っていると、ようやく少し落ち着いたエランの家族から
「奥へどうぞ。いろいろとご迷惑をおかけしました」
という案内があった。
「少し落ち着いてからでもよろしいですよ。こちらとしては出なおしても構わないですし」
と遠慮はしたのだが
「家出息子の事情を、ぜひ知りたい」
という話だったの、そうであればと伺うことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エランの家は、なんというか普通の裕福な市民の家だった。
2等街区の瀟洒な家、綺麗な白い漆喰、よく磨かれた木の床、窓際には華が活けられている。
天上に近い鎧戸からは明かりがふんだんに取り入れられるようになっており、大きめのテーブルと椅子が置かれた客間は、来客を迎えるに相応しい快適で気の利いた空間として設計されている。
「いいお宅ですね」
と、思わず知り合いが家を建てた際に呼ばれた時のような感想を言ってしまう。
「ええ。やはり家というのは家族の基礎ですからね。いい家は、よい家族を作ると思うのです」
と言うのが、エランの父の言葉だった。
それから、エランの両親には俺が知る限りの事情を話した。
絵を描いていて店で怒られて飛び出したこと。
その後は最底辺の冒険者としてスライムの核を狩って小遣いを稼いで暮らしていたこと。
ギルドで絵を描ける人間を募集したところ目についたこと。
背格好から冒険者としてはやっていけなさそうなので、商家に戻るよう説得したことなど。
両親は、その話ひとつひとつに驚き、手こそ出さないもののエランを厳しい目つきで睨みつけ、エランは椅子の上でこれ以上ないほど小さくなっていた。
一通り、事情については話し終えると、エランの家族も驚くことが多すぎて疲れたのか、茶を淹れて休憩する流れになった。
恩人として饗されているためか、なかなか香りのいい茶を淹れてもらえている気がする。
そうして休みつつ部屋を眺めていると、ふと、壁にかかった絵が目についた。
応接間のテーブルと、そこに座る家族の絵。
技術的に上手いわけではないが、妙に印象に残る絵だった。
「あれは、ひょっとして・・・」
「ええ、うちの息子の絵です。子供の頃から絵ばかり描いていて・・・商売はしっかりやるという約束で道楽として許していたのですが、どうもこの度は・・・」
すると、それまではずっと聞き役に回り俺に対しては黙っていた母親が
「本当に、うちの息子を助けていただき、ありがとうございました!」
と深々と頭を下げてきた。
エランは自分がどれだけの人間に心配をかけてきたのか自覚したようで、初めて会った時に年齢を聞いた際の不貞腐れた様子は全く無く、すっかり小さくなっていた。
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