第330話 絵描き少年の家庭訪問
「なるほど、お話はわかりました」
商家の主人の了承は早かった。
こちらで一通りの説明はした。
まず、何よりも商家では持て余しているエランの絵の素質を、こちらでは必要としていること。
事業を拡大するために継続して雇用する用意があること。
そしてエランを引き受けるために、両親に挨拶に行くという誠意を見せたこと。
特に、最後の部分で、商家の主人もこちらを信用できる人間である、と見たようだ。
「こちらでも引き受けたからには一人前の商人に育て上げるつもりでしたが、エランはどうも思い込みが激しい性質(たち)のようで、何かに夢中になると他のことに目が行かなくなるようなのです。商人としては、あまり向かない資質です。職人にでもすべきだったか、と悩んでいるところだったのです」
というのが、商家の主人のエラン評だった。
ある程度、人を使っていればそのあたりは見えてくるのだろう。
だが職業選択に自由のない世界で、向いていないからと言って別の職業につかせることは難しい。
商家の主人としては、資質に反していても行動や性格を矯正し、立派な商人になれるよう教育したのだろうが、どうにもエランには耐えられなかった、というあたりが事情のようだ。
商人としては不適でも、職人や絵描きとして素質があるのならば、素直にそちらを伸ばした方が良い。
「頑張るのだぞ」
という言葉をもらい、エランの転職は特に問題なく行われることになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次はエランの実家に向かうわけだが、とたんにエランの足取りが重くなった。
「あのう・・・どうしても行かないといけませんか?」
そう上目遣いで弱気な目を向けてきた。
「行かないとダメよ!ご両親は心配してるに決まってるでしょ!」
こういうことには、サラは厳しい。
家族と離れたくないのに、そうせざるを得ない彼女からみると、エランの行動は言語道断に映るのだろう。
観念した様子のエランは実家に向かって歩き出したが、そのまま2等街区の住宅街へと入っていった。
「なんだ、いいところに住んでるじゃないか」
と、キリクが言う。
この街育ちのキリクが言うのだから、本当にいいところなのだろう。
2等街区の育ちということは、成功した職人か小さな商家の息子、ということである。
また、そうでなければ2等街区の商家に見習いで入ることは難しい。
2等街区の住人であれば親同士は顔見知りであろうし、店の金を持ち逃げする、といった事故も起こりにくい。
俺が工房で雇う人間を職人の知り合いに限っているのと同じことだ。
この世界では地縁(コネ)採用には、合理的な理由がある。
2等街区の瀟洒な4階建ての住宅の2階がエランの実家ということであったが、4人でゾロゾロと登ると階段が一杯になるのでエランが先頭で俺が後に続き、サラとキリクは階下で待つ形になる。
エランは観念したのか、ドアをノックして声をかけた。
「エランです、今、帰りました」
すると、ドタドタと室内で人の走が音がしてから、バタン、と強い音がしてドアが開かれた。
「お兄ちゃん!?なに、生きてるの!」
とエランの肩までぐらいの小さな女の子が玄関で叫んだ後、そのまま身を翻して
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん生きてた!」
と大声で呼びかけながら奥の方に走って行ってしまった。
その場にとり残された形になった俺は、これからの家族会議が大紛糾する予感に密かに溜息をついた。
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