第329話 エラン少年は頭を下げる

少しして、商家の主人である男が店の奥から小走りで現れた。


「うちの者が、なにかしでかしましたでしょうか?」


と開口一番に、低姿勢の構えである。


考えてみれば、自分のところからいなくなった下男がゴツい護衛を連れた、うさん臭い商人風の男に連れられてきたのだから、何かしでかして文句を言いに来た、と見られてもおかしくない。

下男がこちらの名前も聞かずに主人を連れてきたのは、トラブルを予感してのことだろうか。


「いえ、誤解をさせてしまって申し訳ない。私はケンジと申します。この街で教会関係者や冒険者向けに新しい靴を製造している者です」


誤解を解くために自己紹介から始める。

この街のギルドや商人の会合に顔を出していない弊害は、こういうところに出る。

長く商売をしていれば、ある程度以上の規模の商家や商人は顔見知りになるものだ。

だが、先方からすると、俺の商売や剣牙の兵団の名前に聞き覚えがあったらしい。

ちら、とキリクを見て納得したように頷く。


「ああ、あの!・・・ご商売が繁盛で羨ましいことです。剣牙の兵団の方からは、怪物の脂を卸していただく際に、ご贔屓を頂いております」


意外なつながりである。

そうなのか?とキリクに目線で尋ねると、キリクが頷く。

よくはわからないが、特別な獲物などは直接卸すことがあったのかもしれない。


「それで、うちのエランが何か・・・。1週間ほど前に厳しく叱りつけましたら、そのままいなくなってしまったので、人攫いにでもあったのではないか、と心配していたのですが・・・」


と、心配顔で語る主人に裏は感じられない。

虐待でもされていたのか、と思わないこともなかったのだが、そういったこともなさそうだ。


「このエラン少年が、お宅を飛び出して冒険者の安宿で難儀していたのを、保護したのです。あんなところにいて、いいことはないですからね」


俺がざっくりと事情を説明すると、主人は目を大きく見開いた。


「そんな怖ろしい場所で!それに、そんな小汚い格好になって・・・!!」


確かに、安宿にいる間はロクに蒸し風呂にも入れなかっただろうから、髪や体に埃や脂がまとわりついているだろう。

冒険者連中の中にいる間はわからなかったが、2等街区の清潔な街中にいると、いろいろと気になるかもしれない。


俺がエランの背中を軽く押して前に出るよう促すと、エランは深々と頭をさげた。


「ごめんなさい!ご心配をかけて、申し訳ありませんでした!」


「話は後です。まずは、風呂に入って来なさい!この度は本当に・・・」


と、主人が話を続けようとするのを制して、もう一度深々と、今度は地面に接するばかりにエランが頭を下げて


「自分はケンジさんのところで、お世話になりたいのです!」


と言った。

主人は呆気に取られたようにエランの下げられた頭と俺の間で視線を彷徨わせ、やがて


「詳しく、お話を聞きましょうか」


と溜息をつき、店の者に席と茶を設けるように指示した。


その間、エランは頭を下げたまま、一度も顔を上げなかった。

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