第328話 エラン少年の奉公先

「とりあえず、エランのことは、早くなんとかしてあげないとね!」


とサラが主張する。

フランツのことはキリクに任せるとして、サラが過保護なのかと言えば、そうでもない。

エランの置かれた環境を考えれば、確かにサラの言うとおりなのだ。


フランツなら、体格や武装を見てもわかるように、最低限、身を守る力はある。

それに、エランよりはマシな宿にいるようであるし、これまで組んできたパーテイーメンバーとのコネもあるだろう。


だが、エランには、身を守る力もコネもない。


「商家から飛び出して、お金がなくてスライムの核を狩ってたっていうなら、酷いところに住んでるはずでしょ。そんなところにいたら、絶対良くないよ」


とも、サラは言った。


エラン達のようにスライムの核を狩って賎貨を稼いで暮らしているのは、冒険者の中でも戦う力のない最底辺の暮らしをしている者達だ。

宿と言えば聞こえはいいが、橋の下の空間をボロい板と布で仕切っているような場末の寝床である。


そんなところで、この痩せっぽっちの小僧が大銅貨2枚なんていう大金を抱えて戻ればどうなることか。

おそらく、一晩でも無事に過ごすことはできまい。

周囲から袋叩きにあって金銭を奪われるぐらいで済めばいいが、下手をすれば大怪我をしたり、死ぬこともあり得る。

これまでエランが無事だったのは、単に奪われるだけの金銭を持っていなかったからに過ぎない。

だが、冒険者ギルドで応接室に呼びつけられる姿を見られたことで、そうした者達にも噂は広がっているだろう。

冒険者達は字を読めないものが多い代わりに、噂の類は恐るべき速さで広がるものだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ここが、俺が奉公してた商家です・・・」


エランの案内で俺とサラ、キリクが向かったのは、2等街区にある油脂を扱っている商家だった。

この世界では怪物の肉は食用にはできないが、脂は蝋燭などの製品として使われている。

俺から見ると油煙と匂いが酷いのであまり好きではないが、ハーブなどを混ぜ込んで香りを誤魔化したものは照明として一定以上の階層の市民の家では使われている。


怪物の脂の加工と処理には熱も使えば匂いも出るので革通りと同じ様に専門の職人達が集まった区画があるのだが、それらをブロック状に固めて出荷された後で、街中の流通のために集積する問屋のような役割を持った商家らしい、というのがエランの拙い話から俺が想像した内容だった。


外観は石造りの3階建てで1階は店舗、2階は事務所、3階は住居といったところだろうか。

2等街区にある商家としては、まあまあの規模と言えるだろう。

スイベリーの義父である大商人程ではないが、見える範囲でも数人の下男が忙しく働いているのが見える。


「こちらの主人に会いたいのだが」


そうして外で働いている1人に主人を呼んでもらうよう声をかける。

今の俺は、事務所に戻って商人風の格好に着替えている。サラも同じように落ち着いた服装に変えており、外見だけ見れば立派な上級市民だ。そして見るからに逞しい護衛であるキリクを従えている。


「それでは呼んでまいります。こちらでお待ち下さい」


外面を整えて来ただけあって、すんなりと中に通される。

それに、商家の下男の対応もなかなかスムーズだ。


エランは、いったい何が不満で、この商家を飛び出したのだろうか。

一応、引き受けるからには主人の口からも、ことの次第を聞いておく必要があるだろう。

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