第327話 雇用者の責任
ちょうど、フランツを剣牙の兵団に取られたところではあるし、エランを雇うのに金銭的な問題はない。
見習いから始めてもらうことになるので、給与と言ってもたかが知れている。
住むところがない、というのであれば世話をしても構わない。
とは言え、別の問題がある。
「そうは言っても、元の商家との兼ね合いもあるだろう?」
エランの服装のよれ具合を見る限り、元の商家を飛び出してから、1月も2月も経っているわけではなさそうだ。
せいぜい、1週間とか2週間ぐらいのことだろう。
商家に入るには、親や親戚のコネを使ったのだろうから、一方的に辞めては紹介者に迷惑がかかる。
というか、現在進行系で迷惑がかかっているはずだ。
「まず、親御さんと家族に事情を話すんだ。それから、元の商家に行って謝る。どうしても俺のところで働きたい、というんだったら、そこはしっかりしないと駄目だ」
そう言い渡すと、エランは泣きそうな顔になり
「だって、お、おれ、俺、絵が描きたいんです・・・」
そう言って下を向いて肩を震わせ、ぽたぽたと涙をこぼし出した。
周囲の視線、とりわけサラの視線が俺に突き刺さってくる。
なんか、俺が子供を虐めたような雰囲気になっているのが納得いかない。
「ケンジ」
とサラが、俺を咎めるように声をかけてくる。
キリクやフランツの顔を見ると、視線をサッと避けられてしまった。
仕方がない。
「エラン、雇わないとは言ってない。親御さんと商家に、ケジメとして謝りに行くんだ。俺も一緒に行ってやるから」
経緯はどうあれ、子供を預かることになるのだから、親と話す必要があるだろう。
これから規模を拡大して新人を入れる際には、経験者の職人や大人ばかりでなく、エランのような見習いを雇う場面が出てくるだろうから、今のうちに経験しておくのも悪く無い。
とりあえず、そう考えることにした。
「・・・はい、ありがどうございまず・・・」
エラン少年は涙と鼻水を袖で拭った汚い顔をあげて、礼を言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とりあえず内輪で話すことがあるので、エランとフランツには寝床にしている宿の荷物をまとめるよう指示する。
「あのフランツってのを雇うのは構わないが、剣牙の兵団で人は足りないのか?最近は貴族や商家から人も回してもらえるだろう?」
剣牙の兵団の評判が上がるにつれて、それまでは寄り付かなかった人物たちも繋がりを持とうと寄ってくるようになった。それが、資金提供を持ちかけてくる大商人であったり、人材を派遣してくる貴族家だったりもする。
大商人は、いざ、というときの武力による保護を求めており、貴族家は剣牙の兵団で修行を積んだ、という箔を求めてくるわけだ。
俺の疑問に対して、キリクは肩をすくめて答える。
「あいつらは、所詮、外様ですよ。もし剣牙の兵団が落ち目になったら、あっという間に出て行っちまいます。人員の中心には、農村から出てきた生え抜きの連中が欲しいんです」
急成長する企業が新卒を欲しがるようなものか、と理解する。
おそらく、剣牙の兵団は急激に名声を稼ぎ、金銭的に豊かになったために組織のアイデンティティーが揺れているのだ。ジルボアというカリスマがいるから、彼が生きている限りにおいては問題にならないが、その軋みや揺らぎをキリクは感じ取っているのかもしれない。
「一度、ジルボアに話してみたほうがいいか」
最近は本業にかまけて、すっかり剣牙の兵団に助言することもなくなっていたが、ジルボアのような英雄には気にならないことが、普通の人間には気にかかって耐えられない、ということもあるだろう。
恩を売られてばかりなので、たまには恩を売りつけるのも悪く無い。
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