第311話 怪物の絵図

数日後、ジルボアと連れ立って男爵様のアトリエを訪れることとなった。

一応、剣牙の兵団から護衛もついていたのだが、集団の中にジルボアがいると、俺の護衛についているというよりも、ジルボアとお付の人達、という絵面になってしまうのは仕方がないところだ。


そうして訪れた男爵家で案内をしてくれた家人によれば、


「男爵様は、奥の部屋で作品を製作中でございます」


とのことなので、以前、訪れた吹き抜けの広い空間へと向かう。

すると、カンバスらしきものに向かって一心に筆を走らせる男爵様の姿があった。


人の身長の半分程の大きさのガンバスには、男爵様が特別に作らせた細い筆で、ゴブリンの全体像らしきものが描かれていた。

らしきもの、と表現するしかなかったのは、そのゴブリンの実物大らしき絵には、ゴブリンの外見を示す皮膚がなく、筋肉や内臓、骨が剥き出しに描かれた半解剖図のような代物だったからだ。


これには、さすがのジルボアも目を見開いて言葉を失っていたので、俺が代わりに声をかけた。


「男爵様、それは過日の怪物の姿でございますね」


すると、ちょうど腹にあたる部分の断面を書き込んでいた男爵様が顔をあげて


「おお、来たか。待っておった。お前達の感想を聞きたいと思っておったのだ」


と、実物大の解剖図を背景にして、笑顔で言った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「これはゴブリンの図ですね。随分と変わった形式で描かれているようですが・・・」


と怪物の解剖図を目にして、ジルボアが困惑した様子で男爵様に説明を求める。


「うむ!先日の観察行は、非常に有意義であった!怪物の臓腑が実際に動いているところを見る機会などなかったからな!どうだ、よく描けておるだろう?」


と、男爵様は鼻高々に解剖図を指し示す。


「それとな、こちらもどうだ?あれは臓腑だが、こちらは足だな。ゴブリンという怪物の足は実によくできていてな、足が小さい割に爪が大きく発達しておってな、足裏にはビッシリと硬い毛が生えておる。これで岩場でも滑らず、足を傷めず移動しておるのだな。足跡も書いておいたぞ?若いゴブリンは足裏の毛が薄いらしくてな、足跡の形が違うのだ。よりクッキリと形が残っているのが若いものの足跡だな・・・」


そうして観察から得た新しい知見を嬉しそうに開陳する。

俺とジルボアは、男爵様が描いたゴブリンと魔狼の解剖図、足跡図、各部位の拡大図などの様々なデッサン、発見について只管に拝聴し、頷く機械と化して、多くの時間を過ごすことになった。


そうして数時間ほどすると、男爵様も自分の長年の研究欲求が形となった喜びと、それを人に伝えられる興奮がようやく落ち着いてきたのか、


「それで、お主らを呼んだ本題だが」


と、用件を切り出した。

てっきり、出来上がった絵の自慢をすることが用件だと思っていたので、俺は目を瞬かせた。

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