第306話 怪物の中が見たい

「このゴブリンはオスのようだが、大人なのか?」


と男爵様が聞いてくる。


「大きさから見れば、大人と言って良いと思います。年齢までは、わかりませんが、1歳より下、ということはないと思います」


冒険者達の経験談としては、ゴブリンは大体1年から1年3ヶ月程度で大人になると言われている。

野生動物並みの急速な成長であり、ゴブリンが繁殖すると近隣の村々にとって災の種となる、と言われる所以だ。


「すると、この洞穴で生まれ育った可能性もあるのか。これだけ村の近くだというのに、よくも気がつかれなかったものだ」


「男爵様、森は戦う力を持たぬ村人にとっては、怪物の跋扈する怖ろしい場所でございます。怪物の姿を見なかったとしても、不自然ではありません」


「ふむ」


男爵様は、俺の意見を受けてしばらく考え込んでいたが


「腹の中を見たい」


と言い出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


腹の中。要するに、胃の内容物を見たい、ということだろう。


「生きたままだと暴れるので危険です。殺してから、ということになりますが?」


と確認すると


「あちらにも数頭いるだろう?」


と、気絶したままのゴブリン達を指した上で


「なるべく、死体を傷つけないようにな」


とも注文がつけられる。


「できますか?」


と俺がスイベリーに聞くと、団員達の中には顔をしかめる者もでてきた。


仕事としてゴブリンを戦闘で殺すことには慣れていても、鎖で無力化した上で静かに殺す、という行為には嫌悪感を覚えるのかもしれない。

ゴブリンの周囲を囲んだ団員達が、何となく譲り合う雰囲気になり固まっていると、ジルボアが進み出た。

そうして団員の槍を受け取ると、スッとゴブリンの頭に穂先を差し込んだように見えた。

すると、ゴブリンが数秒の間、ガクガクと痙攣し、静かになった。


「これでよろしいか?」


と、静かな声でジルボアは言った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


あとは、基本的に獣の解体と変わらない。

足を枝にぶら下げて首の血管を傷つけて、血抜きをする。

そうした上で腹の皮を大型のナイフで切って、開いていくのだ。


どこで調達したのか、男爵様の手には解体のための器具らしきナイフや、手を守る革手袋、体には革の前掛けなどを装着し、自らの手で解剖している。

俺は男爵様の指示に従い、男爵様の言葉を羊皮紙に書きつける。


「まずは、胃の腑だな。中身は・・・肉、木の実、草、か?あまり、いいものを食べているようには見えんな。肉片3、木の実4、草、いずれも種類不明!」


「肉片3、木の実4、草・・・種類不明、と」


そうして男爵様とやり取りをしていると興味を惹かれたのか、ジルボアが横から覗き込んでくる。


「心の臓は・・・ふむ。小さいな。ケンジ、どう思う?」


「体も小さいですし、そんなものではないでしょうか?人間のものを見たことはありませんが」


「戦場では人間の中身を見る機会が何度もあったが、ゴブリンのような怪物の中身をじっくりと観察するのは初めてだな。なかなか、興味深い経験だ。人の仕組みとも、それほど変わらないのか?」


「そうかもしれないですね」


「ふむ。ゴブリンならば必要は薄いかもしれんが、より強力な怪物にも、この手の中身がわかる絵があると役立ちそうだな。どこを狙えば良いか、一目瞭然となりそうだ」


確かに、剣牙の兵団が相手をすることの多い人喰巨人(オーガ)などについても解剖図があり、内臓の位置や餌が把握できれば、駆逐の効率が劇的に向上するだろうことは疑いない。


「少し、男爵様の事業に肩入れしても良いかもしれないな」


と、ジルボアが呟いた。

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