第305話 怪物の生態観察

ゴブリンは頭を殴れば気絶するので捕らえやすかった、とは捕獲に従事した団員の言葉だ。

通常の獣は首が短く頭を固定する筋力も強いので頭を殴っても、余程の衝撃を与えなければ気絶しないらしいが、ゴブリンのように人型で小柄な怪物は、脳震盪を起こすらしい。


鎖で手足を固められ気絶した状態で転がされているゴブリンは、緑と茶が入り混じった体毛と口の端から見える上向きの短い牙と相まって、大型のヒヒを思わせる。


「息は・・・しておるようだな」


気絶したゴブリンの胸が上下する様子を見ながら、男爵様が呟く。

手には細い金属製のペンと羊皮紙の束を持ち、早速絵を書き始めている。


「口の中が見たい」


との男爵様のリクエストを受けて、あたりに落ちていた棒を使って唇をめくると、不揃いな牙と歯茎が顕になる。

すると、男爵様は歯の本数を数え始めた。


「ゴブリンの頭蓋骨は持っておるのだがな、それと歯の本数が同じなのか確かめておかねばな」


「ははあ・・・」


歯の形状や本数は、種族を規定する重要な情報だ。この研究が進めば、落ちている歯の一本から種族や健康状況まで推定することができるようになるかもしれない。


「奥歯がみたい。これを使ってくれ」


と男爵様が差し出したのは、太い金属の棒だ。確かに、口の中を弄っている最中にゴブリンが目を覚まして噛み切られる可能性もあるので、理に叶っている。


「男爵様、本当に準備がよろしいですね」


と、かけた言葉は、感心のあまり素に戻って少し不遜な言葉遣いになってしまったかもしれない。


「当たり前である!この機会をどれだけ待っていたと思っているのだ!ほれ、それより、もっと奥歯が見えるようにせい!」


そうして、ゴブリンの回りをグルグルと羊皮紙とペンを抱えたまま歩きまわっては座り、座っては俺に指示をして一通り外側からの観察を終えると、男爵様が言った。


「声が聞きたい。起こしてくれ」


ゴブリンに声を出させると、周囲の群れに助けを呼ぶ可能性もある。

そうなると厄介なので、普通の依頼では声を出せないように物陰から仕留めたり、遠距離から狙撃したりと工夫を凝らすものだ。

少し判断に迷って、この場で指揮をとっているスイベリーを見ると、スイベリーは黙って頷いた。

まあ、多少の援護が来たところで剣牙の兵団からするとなんということもないのだろう。

逃げ延びた連中を探しだす手間が減る、ぐらいに思っているのかもしれない。


団員が桶に運んできた水を逆さにして、気絶しているゴブリンにぶっかける。

すると、閉じられていた瞼がゆっくりと開き、頭蓋骨の割に大きい目と、縦に裂けた瞳が露わになった。

目脂が目につくが、意外とまつ毛が長い。


「夜目がきくというから、黒目が大きいと思ったのだが、そうでもないのだな・・・」


男爵様はジッとゴブリンの目を覗き込みながら言ったのだが、覗きこまれていたゴブリンは仰天したらしい。

「ギッ!!!」と叫ぶや跳ね起きようとして、手足を縛った鎖に阻まれて体を僅かに跳ねさせただけに終わった。

その状況が理解できないのか、ゴブリンが狂乱して縛られたままゴロゴロと転がろうとするところを、団員達が棒で押さえつける。


なんというか、この絵面は良くないな。

まるで弱いもの虐めをしているように見える。

実際、剣牙の兵団がゴブリン狩りをしている、という時点で弱い者虐めに違いないのだが、気分は良くない。


そんな俺の気分には一切構わず、男爵様はゴブリンの発する声を記録し続けている。

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