第304話 怪物の討伐

「男爵様、そこがゴブリンの巣です」


団員の案内に従い小一時間ほど獣道を進むと、小さな洞穴があり、2体のゴブリンが射抜かれて倒れていた。

剣盾兵が出入り口を数人で固めつつ、周囲の柴などを刈って燻しだす準備をしているようだ。


「あれは何をしているのだ?中に突入をせんのか?」


と男爵様が聞いてきたので、俺が光景の意味を説明する。


「あれが、巣に篭った怪物退治の一般的な手順です。まず、見張りを静かに倒します。そして入口を固めつつ、抜け穴を警戒して周囲を包囲します。それから、焚き火で燻しだします。煙には怪物の視覚と嗅覚を混乱させる効果もありますし、抜け穴から煙があがるので、それを発見する効果も期待できます。周囲に毒草がある場合はそれを混ぜたりもして、より強い効果を狙います」


「ふむ。だが、そう上手く行くのか?風向きによっては都合よく煙が奥に流れてはいかぬこともあろう?」


「ご明察でございます。燻し出すためには、当日の天気や風向きが何よりも重要です。その条件が整うまで待つのも冒険者の仕事でございます。それと穴の大きさにもよりますが、焚き火は洞穴の入口から少し入ったところで起こします。そうしてから、木の枝などで出来るだけ出入り口を塞いでしまいます。そうすることで、煙が中に流れるようになるのです」


そう言って、柴の傍に積まれた葉のついたままの枝を指差す。

すると、それを合図としたように松明に火が灯されて、洞穴の中に積み上げられた柴に投げ込まれる。


「よし、入口を塞げ!」


スイベリーの合図で数名が枝を立てかけて煙が出てこないよう入口を塞ぐ。

準備が良かったのと人数が揃っていたこともあり、30秒もしないうちに洞窟の出入り口はすっかり枝と葉に覆われてしまった。


「大したものだ。しかし、なぜゴブリンは入口を大きくせんのだ?もっと大きくすれば、こんなことにならずにすむであろうに」


「もともと、洞穴の出入口は、枝で隠して目立たなくしたり、風雨が入ってこないように枝葉で塞げる程度の大きさにしておくものなのです。それに、出入り口が大きいと、人間や体の大きい怪物が入ってきやすくなります。利便性と危険性のバランスをとった、ちょうど良いサイズが、今の大きさなのではないでしょうか」


「なるほど、すると他のゴブリンの巣も、出入口の大きさは、同じ程度なのかもしれんな」


「そうかもしれません。逆に巣穴の出入口の大きさや数で、中にいるゴブリンの数を推測できるようになるかもしれません」


「それは、ぜひ研究したいものだ」


男爵様は、お付の者が持ってきた折りたたみ式の椅子に座わって、羊皮紙に何かを書きつけた。

こうして俺と男爵様がノンビリと会話ができているように、怪物を煙し出すには少し時間がかかる。


やがて、何もないように見えた岩の隙間や木の根元から薄っすらと幾筋か煙が上がり始めた。


「空気穴と出入口を間違えるな!空気穴は塞いでしまえ!」


スイベリーの指示が飛ぶ。

洞穴には抜け穴が設けられているはずだが、多数の怪物が一度に抜けられるようにはできていない。

非常に狭い隙間なので、武器を持って通り抜けるのも困難なほどだ。


この段階に至っては、ゴブリン掃討は、ほとんど終わりだと言ってもよい。

ゴブリンに残された選択肢は2つだけ。抜け穴から1頭ずつ頭を出したところをモグラ叩きのように潰されるか、一か八か、煙の発生源に突っ込んで、人間たちの重囲を突破するしかない。

だが、ゴブリンたちは基本的に臆病な怪物だ。自分達が優位なときは調子にのって襲いかかってくるが、不利になれば一目散に逃げるものだ。

それに、煙に追われて逃げるときに、煙が最も濃くなる発生源に向かって突っ込むような真似ができる、勇気と知恵のある個体はほとんどいない。


小一時間ほど待ってみたが、抜け穴から頭を出せた数体を残して、殆どのゴブリンたちは洞穴の中で煙に巻かれて窒息死した、とスイベリーは判断したようだ。

洞穴周辺に散っていた団員たちが段々と集まってくる。


「しかし、あっさりと終わったな。これから、どうするのだ?」


男爵様からすると、ゴブリンと団員が切り結ぶような、もう少し血沸き肉踊る活劇を期待していたらしい。

たしかに、男爵様の主観的には、洞穴まで歩いてきて、煙の上がる焚き火を見ていただけに見えるだろう。

拍子抜けした様子で、今後の予定を聞いてきた。


「あっさりと終わったのは、剣牙の兵団の腕がいいからですよ。事前の準備が完全であれば、怪物の討伐というのは、こういう地味なものです」


と、男爵様の気分が少しわかるので、俺は苦笑して答える。


「もうしばらく煙を送り込んだら、夜になる前に穴の覆いを外して悪い空気を一晩かけて入れ替えます。洞穴の中の探索は、明日の朝までお待ち下さい」


「なるほど。たしかに、それぐらいの時間は必要であろうな」


「それと、ゴブリンを数頭、生きたまま捕らえてあります。今日は、そちらの観察をされませんか?」


「うむ!そうするか!」


それまでのつまらなさそうな様子から一転して元気よく立ち上がった男爵様に、俺は苦笑して続いた。

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