第302話 捕獲作戦

街の外に初めて出る男爵様は大興奮だったが、特に何事も無く依頼のあった村までは辿り着いた。

先立ってギルドから形ばかりの連絡は行っていたようだが、村では本気に受けとっていなかったらしく、大人数の一向に驚き、怖れた様子で年配の村長が受入準備の不足を詫び、しきりに恐縮していた。


剣牙の兵団は集団行動にも慣れたもので、村の1画を借り受けると、どこから用意したのか天幕などを用いて、たちまち軍の司令部のような場所を作り上げてしまった。

男爵様が滞在するための天幕もその隣に建てられており、そこだけを見ると、まるでこれから戦が始まるかのように見える。


俺はというと、男爵様とジルボアの作戦会議に出席し、怪物を観察し、捕獲するためのアドバイザーを務める羽目になっていた。


「依頼ではゴブリンが数匹、森から表れては村人が襲われ数名の負傷者がでているらしい。幸い、死人が出てはいないそうだが」


「ふむ!ということは群れか!できれば数匹は無傷で捕獲してもらいたいところだが」


「男爵様、無傷というのはなかなか難しいと存じます。相手にも原始的ながら知能などがありますので、単純な罠では逃げられてしまうのです」


ゴブリンには牙もあれば手足もある。

特に人間のように手がある、というのが厄介で、縄を用いた吊り下げ罠などは、手の爪を振り回して縄を切り、無効化してしまう。

仲間がいることも多いので、木の途中に結びつけた縄を切られてしまえば、それでも無効化されてしまう。

元の世界のように金属ワイヤーなどがあれば、罠で怪物を駆逐することが格段に楽になると思うし、こちらの世界にも何らかの素材で強靭な縄を製造することが可能なのかもしれないが、今の俺達には持ち合わせがない。


「ゴブリンの巣となっている洞窟などを包囲した上で、少人数で乗り込むのが定石です。なるべく切り捨てず、殴りつける程度にすれば無力化はできます。問題は、それをどうやって繋いでおくかですが・・・」


俺が一応の定石と問題点をあげると、男爵様がニンマリと笑顔を浮かべて


「そんなこともあろうかと!怪物用の手輪と鎖を用意してあるのだ!」


と取り出したのは、鎖が太く原始的な手錠のような装備だった。


「それでしたら、後ろ手にして、足にも嵌めておけば逃げ出すこともできないでしょう」


それを受け取り、一通り引っ張ったり強度を確かめた上でジルボアも保証する。

滅茶苦茶に暴れそうな気もするが、数時間程度なら問題無いだろう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


普通ならすぐにゴブリンの巣に向かうところだが、男爵様が襲撃された現場を見たいと仰るので、ゴブリンの巣を捜索する隊、村を防衛する隊、男爵様のお付の隊の3つの隊に別れて行動することになった。

俺は当然、最後の隊である。

村人に襲撃された場所を案内させると、男爵様はその場所にしゃがみこんで動かなくなってしまい、しきりに手元の羊皮紙に何かを書きつけているかと思えば、いつの間にか手にした定規のような棒を持ち足跡の大きさを測ったりと忙しい。


「いかがですか、男爵様。何か興味深い点はございましたか」


俺が話しかけると、男爵様は


「うむ、ケンジよ、ちょっと手伝え!」


と男爵様の指示で足跡の数を数えたり、足跡の大きさを図ったりする仕事の補助を言い渡されてしまった。


「ゴブリンは靴を履かないのだな。足指の数が、4本、クッキリと残っているな」


「そうですね、靴を履いたゴブリン、というのは報告書では読んだことがありません」


「ふむ、棍棒などの武器を使う、と聞いていたが靴ぐらい履いてもおかしくないと思うのだがな。サンダルも履いておらんのだろう?」


「私も詳しく観察したことはありませんが、足裏に何か秘密があるのかもしれません。硬い毛が密集しているとか、足裏の皮が特別に厚いとか。あるいは体格が小さく体重が軽いので、足裏への負担が人間よりも小さいのかもしれません」


男爵様の疑問に対し、俺が仮説を幾つかあげる。


街から村までの移動中に会話し続けた結果、俺と男爵様の会話にはすっかりと、そういうパターンができあがっていた。


男爵様に学者の素質がある、と俺が思うのは、男爵様は世間で当たり前のことを疑う、ということが、ごく自然にできている、というその姿勢にある。

その上、浮かんだ疑問をまっすぐに、常識や宗教倫理を無視して事実と観察を元に深めていく。

どんな仮説も、最初から捨ててかからない。


俺は男爵様と、この世界で久しぶりに知的な問答を楽しんでいた。

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