第301話 過剰戦力の護衛

その日、男爵様は特別に作らせた、という2台の馬車で朝も暗いうちからやって来た。

1台目の馬車に男爵様と少数の護衛が乗り、2台目の馬車にはテントや食料などの野外生活装備が積みこんであるらしい。

馬車も車体のフレームが太く、車輪幅も広くなっており、泥濘にハマり込みにくく、速度よりも走破性を重視した軍などで使用される馬車を手に入れて改装したもののようだ。


「この短期間で、よくご用意されましたね」


外出と調査が決定してからいくらも経っていないのに、これらの装備をどうやって用意したのか。

不思議に、かつ半ば呆れて感想をもらすと、男爵様は胸を張って


「前から野外で調査をしてみたかったのでな、準備だけはしてあったのだ!」


と仰られた。

人間、興味のあることであれば誰しも色々と想像の翼を羽ばたかせ、代償行為として何かを買ったり集めたりするものだ。

だが、男爵様の場合は、少しばかり財力と実行力が飛び抜けていたようだ。


「男爵様、剣牙の兵団も準備が完了しております。ご旅行の間、御身の護衛については我らにお任せください」


上衣(サーコート)と鎧を身につけ、魔剣を履いたジルボアが、冒険者とは思えぬ優雅な礼をする。

その傍らにはスイベリーが立ち、背後には20人を越す剣牙の兵団の団員達が控えている。

全力出動の半分に近い過剰戦力だ。

これだけの戦力がいれば、ゴブリンであれば、ちょっとした軍隊並の集団を相手取って勝つことができるだろう。

いったい、何と戦うつもりなのか。


一方、俺は1人だけで来ていた。参加者としての扱いは剣牙の兵団の1人であるし、サラには街の工房を見ていて貰わなければならない。剣牙の兵団の一行の中にいれば、護衛も必要ない。


ここ最近は街中でも護衛がつくのが当たり前の生活をしていたので、久しぶりの解放感があるが、傍らにサラがいないのはなんとなく妙な感じだ。


日が昇り、街の門が開くと同時に団長のジルボアの凛とした声が響き渡る。


「これより剣牙の兵団はベルトルド男爵を護衛して、ゴブリン狩りに出立する!」


団長に指示に合わせて団員たちが隊列を組んで場所を先導して動き出す。

こうして、俺達は、この街始まって以来、もっとも過剰な戦力でゴブリン狩りへと繰り出すことになった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


街を出て、一行はゴブリン狩りの依頼のあった村へと道を進む。


男爵様は馬車に乗っているが、俺のような平民は貴人と同じ馬車に乗るわけにはいかない。

必然、会話をしようと思えば、男爵様が馬車の窓から顔を出し、俺は馬車の横を歩く形になる。


「街の外というのも、案外、怪物が襲ってこないものだな」


男爵様が、焦れたように言う。街から出たことのない男爵様からすると、一歩城壁の外は怪物が常に襲い掛かってくる、人の住む世界ではないように思っていたのかもしれなかった。


「男爵様、まだ朝方で日も高いですし、街のすぐ近くでございますから。これから1日ほどかけてゴブリンが現れた村まで移動いたします。怪物にも知能がありますから、少人数の隊商など、もう少し襲いやすそうな獲物を狙うのではないでしょうか」


何しろ、俺達は完全武装した一流クランの団員達が20人以上、軍用を改装したゴツい馬車が2台、それを率いているのは亜竜の首を断ち落とした人外に足を踏み出しつつある団長である。

怪物に少しでもまともな知能なり本能なりがあれば、絶対に近づかないのではないだろうか。


むしろ、この過剰戦力で村に近づけば、獲物が逃げ散ってゴブリン討伐の依頼が果たせなくなるのではないだろうか。

俺は、そちらの方が心配だった。

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