第300話 倉庫見学
剣牙の兵団に護衛を任せることができたので、すぐに出発する、というわけには行かなかった。
男爵様が、冒険者ギルドの倉庫が綺麗になったというので、自分の目で見たがったからだ。
以前は、冒険者ギルドの素材倉庫と言えば、生ゴミの倉庫と意味は同じだった。
怪物の素材という生物(なまもの)は、処理も順番もいい加減に放り込まれ、倉庫の中にはゴキブリやネズミが我が物顔に走り回っていた。
おかげで冒険者ギルドの職員達の間でも、どうしても必要がある場合にしか倉庫に近づくものはいなかったし、用事があって倉庫に行かなければならない場合も、職員の間で押し付け合いになるのが常だった。
そんな状態であったので、さすがの男爵様も冒険者ギルドにある素材のことは気になりつつも、周囲の者に止められて自分の目で確認することは適わなかったのだが、今なら俺という整理した責任者の案内付きで心置きなく中身を確認できるわけだ。
もちろん、気に入った素材があれば買う気まんまんであるらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「男爵様、それではこちらの者より冒険者ギルドの業務と管理について説明させていただきます」
冒険者ギルドでは、ウルバノがこれまで見たこともない低姿勢と愛想を発揮して男爵様を倉庫へと案内している。
俺はそのウルバノと、男爵様の双方の仲立ちというか、説明役として男爵様の護衛たちに囲まれながらイチイチ解説する羽目になっていた。
「ふむ。この素材を一定数毎に箱に入れるという管理は面白いな。ウロコや牙のような細かい素材は小箱で管理していたが、箱のサイズを一定に揃えたほうが管理が楽かもしれんな。そうであろう?」
「は、さようでございます。男爵様」
「ふむ。しかし、このように規格を優先した管理では、鮮度が重要な素材を分類する場合は困るのではないか?」
「は、さようでございます。男爵様。ケンジ、説明するように」
「男爵様、こちらの倉庫では3つの分類を採用しています。サイズ順、価格順、鮮度順です。仰るように素材の性質を踏まえて分類方法を変えているわけです。そのために・・・」
といった具合に、男爵様が感想をもらすとウルバノが追従し、男爵様が質問をするとウルバノが追従し、俺が回答するわけである。
正直、面倒くさい手順だと思わないでもないが、貴族様の問答としては身分違いの者との間に、一定身分の者を挟むのは慣習的にあることだそうで、周囲はそこまで不自然だとは感じていないようだ。
それに、冒険者ギルドとしても、ギルドの倉庫を貴族家の当主が直接訪れた場合の対応など想定したこともないだろうから、ウルバノが汗を吹き出しつつ貼り付いて対応するのも止むを得ないところだろう。
怪物の素材が整理された倉庫を目を輝かせて歩き回っていた男爵様は、ふと、ある素材の前で足を止めた。
魔狼の頭蓋骨が入った箱だ。通常、魔狼は討伐証明として牙のみを持ってくることが多いのだが、たまたま街の近くで狩ったからか、魔狼のリーダーの頭蓋骨と、同時に狩った子供の魔狼が分類されずに入っていたのだ。
「これが先日、話していた魔狼の親玉か。なかなか大きな頭をしている」
そう言いながら頭蓋骨をひっくり返して指で頭蓋骨の内側のサイズを測ったかと思うと、子供の魔狼の方に関心を示したようで質問をしてきた。
「魔狼の子供か。魔狼にも子供の時期があるのだな」
「さようでございます、男爵様」
「魔狼は、一度にどれほどの子供を生むのだ?」
「さようでございます、男爵様。ケンジ、説明するように」
そう促されても、俺も細かい生態など知らないので、適当に答える。
「狼と犬は親戚関係だと聞いたことがあります。魔物と動物の差はありますが、犬は一度に3頭から5頭程度の子供を生むそうですから、その程度ではないでしょうか」
「すると、ここにいる子狼は2頭分であるから、複数の子狼が生き残っている可能性があるわけか。人間をさぞかし恨んでいるであろうな」
「難しいところです。人間を怖れるようになり、かえって人間には害を及ぼさないようになる可能性もあります。怪物といえども、恐怖や生存の欲望は人間と同じようにあるでしょうから」
「なるほど、人間と同じように、か。面白い。ところで、あちらは・・・」
そう言って男爵様は小さな魔狼の頭蓋骨を置き放すと、有翼獣の羽が飾られている場所へと向かう。
俺は周囲に聞こえないよう小さくため息を吐くと、男爵様の元へと歩き出した。
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