第299話 護衛の理由
「なかなか愉快そうな御仁じゃないか。ベルトルド男爵という貴族様の名前は知っていたが、そういった人となりだとはな」
おそるおそる護衛の依頼を切り出すと、ジルボアは思いの外、上機嫌で引き受けてくれた。
聞けば、剣牙の兵団で有翼獣(グリフォン)を仕留めた際に、素材を高値で買い取ってくれた貴族の一人として取引があったのだという。
言われてみれば、あのアトリエに有翼獣らしき羽や素材が積まれていたような、素描の中にそれらしき姿絵があったような気がする。
「それに、ゴブリン討伐か。何とも懐かしい。最近の相手は大物ばかりでな。骨休めにはちょうどいいかもしれないな」
剣牙の兵団も人数が順調に増えている。ジルボアも剣だけを振っていればいい立場ではなくなり、多少のストレスが溜まっているかもしれない。
「前回の依頼は、亜龍の討伐の遠征でな。戦いそのものよりも、山道に難儀したよ」
ちょっと待て。今、なんて言った?
「りゅう、って言ったか?」
「亜龍だよ。空を飛んで炎を吐くような伝説級の怪物じゃない。言ってみれば、ひたすらに大きいトカゲだ。家ぐらいのサイズで、岩に紛れて襲いかかってくる上に体表の鱗が固くてな。首を落とすのに苦労した」
「なんていうか、呆れるな・・・」
話から察するに、首を落としたのはジルボア本人なのだろう。
家のサイズのトカゲの首を落とすとか、こいつは人間だろうか。
一歩引いて組織の運営に注力するどころか、今だに最前線で剣を振るっているらしい。
「実際、守護の靴は役立っているぞ。岩場で滑らず踏みとどまれる、というのはやはり大きいな。踏ん張れるから、攻撃を受け止める剣盾兵の連中の怪我も、随分減っている。前にも言ったが、お前の靴に投資したのは、我ながらいい勘をしていたな」
「勘、ね」
「そう、勘だ。その勘によれば、ベルトルド男爵の件は、なかなか興味深いことになりそうだ。それと、ケンジが配ろうとしている冊子とやらもな」
ジルボアの勘を疑うつもりはないが、冊子については買い被りに思える。
「俺が作ろうとしている冊子は、どちらかと言えば駆け出し冒険者連中のためのものだ。剣牙の兵団のような一流クランには、あまり関係ないと思うがね」
そう否定したのだが、ジルボアはにやりと笑って言った。
「ケンジが守護の靴を持ってきた時の話を思い出すな。あの時もお前は、駆け出し冒険者のために大銅貨で買える靴を作りたい、とだけ言っていたな。あの時、俺がなんと言ったか憶えているか?あれからどうなった?俺とお前、どちらの勘が正しかった?」
それを言われてしまうと、俺も苦笑いを返すしかない。
駆け出し冒険者へのアドバイスで暮らしていた俺は、たまたま依頼のあった剣牙の兵団の事務所で試作品の守護の靴を見せて、ジルボアに無知を指摘されたのだ。
あれから紆余曲折はありつつも、靴の製造は事業として立ち上がり、何とかやってこれたのにはジルボアの後ろ盾が大いに力になっていることは否めない。
「まあ、そういうことだ。ベルトルド男爵の護衛は、剣牙の兵団に任せてもらおうか」、
そういって、ジルボアは愉快そうに笑った。
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