第298話 変な人の護衛

男爵様は自分でやる気になっているようだが、平民の俺が直接断っては角が立つ。

ここは、そうした事態のあしらいに慣れていそうなアンヌに視線で合図をすると、アンヌも意図を汲みとって男爵にゆったりと話しかけてくれた。


「男爵さま?城壁外に直接赴くなんて野蛮でざいますよ?家中の物にお任せになられれば良いではありませんか?」


と、やんわりと諌めようとしたのだが


「いや、アンヌよ。こればかりは人任せにはできぬ。私は、この目で怪物の動く姿を見て、この耳で怪物の吠える声を聞きたいのだ。そのためなら、城壁外の危険にも、敢えて立ち向かおうではないか」


と自分の思いつきに興奮している男爵様には、取り付くしまもない。


「そういえば、アンヌよ。ケンジとお前は、なんとか言う傭兵団に知り合いがおったな。あの派手な男が団長をしている・・・確か、ジルボアとかいう」


男爵様にかかれば、街で売出中の剣牙の兵団の扱いも、この通りである。

それでもジルボアの印象の強さは、さすがと言うしかないが。


「剣牙の兵団でございますね。この街でも一番腕が立つという、冒険者のクランです」


「そうそう、それだ。丁度良い、その者達に護衛をさせよう。それでなら、危険もあるまい」


と、とんでもないことを言い出した。


「男爵様、もちろん剣牙の兵団は喜んで依頼を受けるとは存じますが、男爵様の家中の方達は良い顔をなさらないでしょう。冒険者風情に御身を守らせるわけにはいかない、と仰られるのではないでしょうか?」


そう言って止めようとしても


「なぜだ?私の家臣は怪物の相手をしたことがないのだから、怪物の相手に慣れておる冒険者を雇うのが適当というものだろう?まして、この街一番の手練というのであれば、むしろずっと安全ではないか?」


と、思いつきでありながら、部分的には非常に論理的な回答を返してくるのが厄介だ。


ただ、いかに男爵様の護衛を兼ねているとはいえ、農村を襲う程度のゴブリンを狩るのに剣牙の兵団が出張るというのは、あまりにオーバーキルであり、牛刀をもって鶏を割くにも程がある。

貴族の言いなりに不得意な依頼を聞くよりも、評判をあげて強敵と戦うために依頼を厳選する、という剣牙の兵団の方針にも沿わない。ジルボアも、あまり良い顔をしないだろう。


そこで、別の方向から同行への意欲を削ぐことにした。


「男爵様、冒険者と同行するのは戦いの面では安心でございますが、彼らも平民ですから非常に気の効かない者達でございます。それに野外であれば雨や嵐のような悪天候に見舞われ、雨風を避ける場所もなく濡れそぼることもございます。また、怪物の住処を求め、藪を踏み越えて、森の奥へ踏み込んで行きますと虫に刺されることもあれば、足を挫くこともございます。湯浴みをすることもできませぬし、茶席を整えることもできぬことがございます。男爵様には、そういった野外の不快な暮らしを敢えて求めることなく、下々の物に任せてはいただけませんか」


贅沢な暮らしをしていれば、想像上の勇ましい場面に立ち向かうことはできても、身近な不快には弱いものだ。

冒険者に同行することの不便さ、不愉快さを強調すれば城壁内の暮らししか知らない男爵様の無茶な要求も萎えるだろう、そう考えた俺の目論見は、男爵様の次の一言で水泡に帰した。


「なるほど、もっともである!であれば、馬車を用意して準備をしっかりとせねばな!」


あんた、どうするの?という視線をアンヌが向けてきたが、ことここに至っては仕方がない。

俺達は恭しく、男爵様の仰せのとおりに、と首肯するより他はなかった。

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