第271話 組織は面子と利益で動くもの
俺の宣言に、サラが心配そうに聞いてくる。
「それで、どうするの?ケンジがやりたいことはわかるけど、会社のこともあるんだから、あんまり大変なことだったら考えなおしたほうがいいんじゃない?」
今の俺の資金(カネ)と縁故(コネ)の基盤は、靴の製造事業を通じて得たものだ。この本業がコケてしまえば全てがコケる。サラが心配するのも当然だ。そうでなくとも過重労働気味なのだから。
「いや、やること自体は単純なんだ。ただ、調整が大変なのと、本当にする意味があるかは調査をしてからじゃないとなんとも言えない」
「ふーん?ほんと?」
一応、作業自体は簡単なのだと説明したのだが、サラの口調からすると、明らかに信じて貰えていない。
「いやいや、本当に単純なことなんだって」
「そう?じゃあ、とりあえず言ってみなさい?」
「あ、ああ」
なぜだろう。サラの質問からは妙な圧力を感じる。
尋問されている気分になりつつ、方法の説明をする。
「小さな村に冒険者ギルドはなくても、教会は必ずあるだろう?だから教会に冒険者に依頼する場合の値段表の目安をおいてもらえばいいのさ。教会の聖職者なら字も読めるし、信徒を騙すようなこともないだろう?依頼も教会の連絡網にのせて街まで運んでもらう。今なら冒険者ギルドと教会の連絡体制があるから、依頼を冒険者ギルドに届けてもらえるだろう?」
「すごい!それができたらすごいね!」
それまでの懐疑的な態度を180度翻して、サラは俺の考えに賛同してくれた。
褒めてもらえたのは嬉しいが、俺としては、まだまだ思いつきの域を超えていない、と思っているので複雑な気分だ。
「ああ。だけど俺が思いつくぐらいだから、きっと何か実行できない問題があったんだろう」
「そうかな?いい思いつきだと思うけど」
「サラが評価してくれるのは嬉しいけど、俺は自分をそこまで評価してないよ」
実際、ジルボアやニコロ司祭などに会っていると、自分など足元にも及ばない人間が、この世界にもゴロゴロいることを思い知らされる。そこまで自信過剰になることはできない。
きっと何か問題があったから、実行されてこなかったのだ。
「うーん。いい考えだと、あたしは思うけどなあ・・・。ケンジは、どんな問題があると思うの?」
「やってみるまでは、どんな問題でも起こると思うんだけどな。前に、ニコロ司祭の依頼で3人の助祭達に教えたことがあっただろう?あれなんかは、思いもしない問題の連続だったしな」
サラも、その時のことを思い出したのか「あー・・・」という顔をしている。
教育を依頼されたはいいが、まず講義の手法が問題になったり、村へ出かけて行ったら、そもそも前提条件となる数字や地図に誤りがあったり・・・。想定外の事態の連続だった。
今回の考えも、きっと想定外の事態の連続に違いないのだ。
「まず、この解決策の大前提として、教会と冒険者ギルドが、この提案に頷いてくれるか、だ。2つの組織にとっては、手間も増えるし利益が見えない。この点が最大の問題になるだろうな」
「ええ?だって、いいことじゃない?教会なんだから、いいことだったら協力してくれるでしょ?」
俺はニコロ司祭の鋭い顔を思い起こしながら、それはないな、と思いつつサラの問に答えた。
「いいことだからって、物事は動いたりしないだろう?冒険者ギルドも教会も、普通の人達が運営している組織なんだ。そして、組織ってのは面子と利益で動くものなんだ。それは普通の人間と一緒だよ」
俺の身も蓋もない組織観に納得出来ないのか、サラは口を尖らせた。
「ちょっと納得できないけど、ケンジがそう思ってるのはわかった」
「まあ、無理に納得してくれなくてもいいさ。だけど、今なら教会との取引材料がある」
俺が頷くと、サラは疑いも顕にして言った。
「あの、数を数えるやつ?あんなのが何かになるの?」
「なる、と俺は思うんだけどね」
「そうかなあ・・・」
統計の知識の提供、という解決法にサラは納得できないようだった。
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