第272話 耳寄りな話
まずは調査から始める。
冒険者ギルドの受付担当者に、先のような村人が直接来て依頼をする、という事例は多いのか聞いてみると
「ああ、ときどきいますね」
とのこと。
ただ、時々では感覚なので、この1ヶ月で何回あったのか続けて聞いてみれば
「うーん。自分の担当しているときだと3回ほど見ました」
との回答が帰ってきた。
ただ、この担当者が見ていない時もあるだろうから、実際には発生していたのかもしれない。
数字を集計して組織を動かす怖さは、こういった点にある。
そもそも組織として処理すべきと考えられていない事案は、事実として発生していないものと認識されてしまい組織のリーダーの判断を誤らせることになるからだ。
冒険者ギルドでは依頼の件数は統計として記録するように俺が報告書の体系を作ったのだが、そもそも依頼未満の事例について、どのように処理するかは、考えから抜け落ちていた。
だから、担当者は記録に残していないし対策も取られていない。
報告書を見るときには、何が起こっているかを見ることが大事だが、それ以上に、何が起こっていないのか、を想像しなければならない、というのが鉄則だが、それが不足していたということだ。
詳細な調査をしたいところだが、まずはざっくりした期待値を出すために数人の担当者から別々に回数を聞いてみると、記憶の範囲では、この2ヶ月に7回程起きているようだ。
「これって多いのかな?結構、少ないように見えない?」
というのがサラの感想だ。
「冒険者ギルドまでたどり着いた人数だけ数えれば、少ないかもな」
と、俺は答えた。
たしかに、1月に3件程度の話であれば少ないと見て良いかもしれない。
たが、数字はあくまで冒険者ギルドまではたどり着いた依頼者の話だ。
その背後には、街へはたどり着いたものの冒険者ギルドへはたどり着けなかった者、街までたどり着けずに旅の道中で死亡した者、村でそもそも冒険者ギルドへ依頼することを躊躇った者などの総数を考えると、その背後には冒険者に依頼しようとしてできなかった事案が10倍はいてもおかしくない。
事象の裏には、その10倍のヒヤリハット事例がある、俗にいうハインリッヒの法則、というやつだ。
ただ、実際にとったデータではないので、これだけでは教会と冒険者ギルドの上を説得できない。
少し搦手(からめて)になるが、教会に話す前に根回しだけしておくことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうも、お世話になっております、ウルバノ様」
冒険者ギルドの2階にあがり、すっかりギルド内での地位を確立したように見えるウルバノに挨拶する。
ニコロ司祭にはすっかり見抜かれているが、公式には王国上層部向けの冒険者ギルド報告書を書いているのは、若手の切れ者の文官であるウルバノということになっているので、定期的に会って、情報を共有しておかなければならない。
ウルバノの方でも、俺の報告書を先に読み込み、その論理を振りかざすことでギルド内での地位を確立しているのだから、ウィンウィンの関係というものだ。
ギルド内の担当者からしても、ウルバノの評判は結構いいらしい。基本的には報告書の指針に従ってギルド内の指示をするので上層部の方針と異なることがないし、文書化された内容なので担当者としても方針を共有し、動きやすいらしい。
よくよく考えて見れば、人治組織全開の、この世界にあって、この街の冒険者ギルドは日本の大企業が行うようなボトムアップされた数字と報告書に基づいて組織運営の提言が行われ、それが上層部の支持を得て日々の業務が実行されているのだから、担当者にしてみれば働きやすくて当然なのかもしれない。
上司たるウルバノへの忠誠度も上がろうというものだろう。
「最近、派手にやっているようだな、ケンジよ」
「おそれいります」
「ところで、あの靴、こちらにも回せんかな。いろいろと評判なようではないか。何しろ、枢機卿様御用達というのではないか」
ウルバノの方にも、枢機卿御用達の話は届いているようだ。
正面から賄賂を要求するのはどうかと思うが、通常販売であれば問題ないので、そのように答える。
「さようですか。今は聖職者の司祭様以外には販売していないのです。なにしろ枢機卿様のご威光というものがございまして、教会からは未だ販売の許可がでておらず・・・」
半分は事実で、半分は嘘である。教会から事実上の許可はでているが、販売についてはアンヌの対面による上級貴族向けの先行予約をしている段階である。ウルバノのような文官に回ってくるのは、まだまだ先になることだろう。
「うーむ。そういうことであれば仕方ない。だが、販売の暁には、必ずこちらに声をかけるのだぞ」
「それはもう、必ずそうさせていただきます。ところで、一つ、耳寄りな話があるのですが・・・」
俺が声を低めて話しかけると、ウルバノの両目が落ち着かなげに瞬き、鼻息が荒くなった。
気分は悪代官に賄賂を持ちかける越後屋である。
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