第270話 誰でもできる仕組み

俺の言葉を傍で聞いていたのか、サラが口を尖らせて文句を言ってきた。


「今の、いい話じゃない!何が駄目なのよ!」


「いい話だけど、仕事や仕組みは、いい人がいなくても回るように出来ていないとダメなんだ」


「ふうん?」


俺の言葉に何かを感じたのか、サラは聞く姿勢をみせた。


「ちょっと長い話になるが・・・腰を落ち着けて話さないか?少しサラの意見も聞きたいし、駆け出し連中の様子も久しぶりに見たいんだ」


「じゃあ、そこの隅の机に座りましょうか。何だか駆け出し冒険者達の買い物ツアーをしてた頃を思い出すわね」


2人で冒険者ギルドの隅の椅子に座ると、買い物ツアーの予約でスケジュールが一杯だった頃に戻った気がする。

サラが営業して客をとってきて、俺が案内する。駆け出し冒険者相手の小銭を稼ぐ仕事だったが、それでも結構楽しくやれていた記憶がある。


「そうだな。あの事業も、また再開したいんだがな。市場で値切るのは、結構うまいんだぜ」


「ダメよ!危ないじゃない!」


「まあな。あの頃と今じゃ、立場が違う。それはわかってるんだがな・・・」


俺は軽い気持ちで言ったのだが、サラに強く反対されてしまった。

近頃はずいぶんと物騒な目に遭っていたし、心配症のサラの気持ちもわかる。


気持ちを切り替えて、話題を過去から現在に戻して説明を始める。


「それで、さっきの依頼の話に戻るとだな。まず前提として、俺は仕事や仕組みは、どこの誰がやっても、同じ結果になるよう設計されるべきだ、と思ってる。だから、すごくいい奴のさっきの冒険者がいないと処理できなかった依頼は、仕組みが間違ってると考えている。そこまでは、いいか?」


「うーん・・・ケンジ、よく仕組みとか設計とか言うわよね。ちょっとわかんない」


サラのいいところは、わからない点は、わからない、と素直に言ってくれることだ。

だから、俺も説明を工夫しやすい。


「そうだな。1つずつ、問題を最初から追っかけるか。一度に考えるとわかりにくいからな。まず、あの村人は自分で依頼を持ってきたな。あれは良くない」


「どうして?村にギルドがないんだから仕方無くない?」


「あの服を見ただろう?あれは枝や藪で切った切り傷だ。街道沿いとは言え、普通の村人が村の外を野宿で移動するのは命がけだ。多分、獣や怪物に追われて逃げまわったんだろう。よく、この街までたどり着けたものさ」


「それは・・・そうね」


「それから、街まで辿り着いたのはいいが、田舎者が冒険者ギルドを探すのは、相当に苦労しただろう。大金を持っていて、傷と疲れでフラフラになったお上りさんが街でどんな目に遭うか。このあたりの治安だって、決していいわけじゃない。よくも強盗に遭わなかったものさ、そうだろう?」


「・・・そうね」


「それに、あの村人は冒険者に依頼する相場がわかってなかった。そもそも村の暮らしで現金が必要な場面は殆ど無い。だから、なけなしの資産をはたいて持ってきたんだろうが、金額が足りなかったから、追い返される可能性も十分にあった」


「・・・」


サラは言葉を返さなくなっていた。

依頼もできず、傷ついた村人は街でどうなっていたのだろうか、想像してしまったのだろう。

彼は、本当に幸運だったのだ。


「最後に、そもそも村の防衛費用を村人が負担するのはおかしい。基本的には土地所有者の貴族が負担するべきだ。土地所有者にとって、村人も収穫も財産なのだからな。防衛しない貴族には、その土地を所有する資格が無い」


「ちょっと!それは言い過ぎ!」


サラは周囲を見回して小さく、しかし鋭い声で注意してきた。

確かに、俺が迂闊だったので、声を低くして話を続ける。


「そうだな。最後は、口が滑った。俺がどうこうできる問題じゃない。だけど、いずれは・・・。まあ、とにかく、そういうことだ。ダメだ、と言った理由は、こんなところだ」


俺は話を締めくくった。


「だけど、どうしようもなくない?」


サラはそう言うが、そう言わなくて済むように、これまで資金(カネ)と縁故(コネ)を蓄えてきたのだ。


「そんなことないさ」


今なら、そう言える。

文句だけを言って、それで終わりにするのは性に合わない。

問題を見つけたのだから、解決する方法はあるはずだ。

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