第267話 世界を変える話

俺が自信満々に言い切るので、ミケリーノ助祭は不審を覚えたらしい。

念を押すように説明を求めてきた。


「少し、待ってくださいね。ケンジさん、それは既存の靴から足に合ったものを選ぶ方式になるのですね?」


この世界に既製服から合うものを選ぶ、という概念はないはずだが、ミケリーノ助祭はこちらの考えを推し量ってみせた。


「それに近いものになると思います」


俺が肯定すると、その方式の欠点についても指摘してきた。さすがに鋭い。


「そうすると、足に合わない靴が大量に出るのではありませんか?あなたの会社(ところ)は、それで得をするかもしれませんが、教会は損をしてしまうではありませんか」


「そうならないよう、靴の大きさを合わせて納品するつもりです」


「そんなことが可能なのでしょうか?魔術を使うわけではないのですよね?」


「私は、ただの元冒険者です。少しだけ剣は使えますが、魔術の心得は一切ありませんよ」


俺は肩をすくめて苦笑しつつ、説明の方向を変えることにした。


「そうですね・・・。理屈よりも実績でお話したほうが信じていただけるかもしれません。今回、納期をお褒めいただいた300足の納品ですが、この街以外の聖職者の方の足のサイズに関する情報をいただいたのは、注文から1月を過ぎた頃でしたよね?」


理屈で説得できなければ、モノと実績で示す。今回の話で言えば、開拓者の靴の生産プロセスがその証拠となる。


「ええ、そうですね。200足の生産が、納期の半分を過ぎてからの作業になったでしょうから、とても厳しい作業になったはずです。その点は、心苦しく思っておりました」


本来は、もう少し前に情報を受け取れるはずであったのだが、何かのミスで会社(うち)に来るべき情報が遅れたのである。普通であれば、納期の遅れにつながる重大なミスだ。だが、間に合わせることができた。それが事実であり、実績だ。

その点について、ミケリーノ助祭に説明する。


「実は、情報を頂いた時点で、残りの生産数は60足を切っておりました。つまり、多くの靴を足のサイズに関する情報をいただく前に予め作り始めていたのです。情報を頂いて多少は調整をしましたが、ほとんどは事前計画通りで済ませることができました。ですから、今回、これだけの短期間で納品することができたのです」


「それは、長年の勘によるものではないのですか?腕の良い職人は、そうしたことができる、と聞いたことがあります」


ミケリーノ助祭の指摘を、俺は否定した。


「残念ながら、会社(うち)の職人は、若いものばかりです。全員が頑張ってくれていますが、勘でなんとかできるような者達ではありません」


会社(うち)は歴史ある工房と比較すれば、立ち上げたばかりと言って良い会社であるし、職人達の年齢も若手ばかりだ。そのあたりの事情はミケリーノ助祭も共有していたので、疑問を追求する言葉を失ってしまったようだ。


「降参です、そろそろ種明かしをしてくれてもいいのでは?」


そう言って、ミケリーノ助祭は大きく腕を広げて、降参のジェスチャーをみせた。


「靴の保管に、賛同をいただけるのであれば」


ここは、きっちりと言質をとっておく。もともと、それが目的で始めた話なのだから。


「開拓者の靴の販売による利益は、教会の利益でもあります。根拠があれば、いくらでも賛同しますよ」


「わかりました。少し長い話になるのですが・・・」


交渉が成立したので、説明を始めようとする。ただ、説明には時間がかかるので、サラやキリクをどうするべきか、少し躊躇っていると、ミケリーノ助祭が気をきかせてくれた。


「ああ、なるほど。温かい茶と軽食を運ばせましょう。供の方も、お座りになってください」


こういったさり気なく気遣いのできる如才なさが、ニコロ司祭のお気に入りの点なのかもしれない。


「それと、説明のために何か規格の揃ったものを、100から200ほど用意いただけると・・・例えば銅貨など」


「なるほど、それも合わせて運ばせましょう」


ミケリーノ助祭が指示をするために席を離れると、サラが肘で俺を突付いて小声で話しかけてきた。


「ねえケンジ、あれを説明するつもりなの?あの麦の話。あの助祭様、わかるかな?」


「ニコロ司祭様の若手のトップなんだから、頭の出来は、俺よりもずっといいさ。大丈夫だよ」


そうしてしばらくすると、ミケリーノ助祭が戻ってきたので俺は説明を始めた。


この説明が、また少し世の中を動かすことになるのを、俺はその時、まったく意識していなかった。

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