第266話 本当の納期

「はい、確かに開拓者の靴を規定数受け取りました」


大聖堂の中の一室で、ミケリーノ助祭から羊皮紙にサインをもらい、納品作業は正式に終了した。

あとのことはニコロ司祭の派閥の若手達が処理してくれるだろう。


ようやく肩の荷が下ろすことができた。

そうしてホッと息を吐いていると、ミケリーノ助祭が、


「それにしても、よく間に合いましたね。ニコロ司祭も、ことの他喜んでいらっしゃいましたよ」


と、声をかけてきた。

それに対して、俺は胸を張って答える。


「ええ。工房の全員が、本当に頑張ってくれましたから」


ミケリーノ助祭は深く頷きつつ


「これで、こちらも余裕を持って工作することができます。本当に助かります」


と言った。

よくあることではあるが、万が一のことを考えて、実際の納期よりも早い日程を知らされていた、ということだ。

そうして日程に間に合わないと、叱責を受けたり、値切られたりもするわけだ。


まあ、よくあることではある。

できる人間は期間に対しても保険をかけるものだ。

頭では理解できる。


だが、納品までの修羅場を思い出して、多少は俺の笑顔が固くなったとしても、人として仕方ないだろう。

ミケリーノ助祭も、こちらの気分を察したのか、少し慌てたように


「そ、それで次回の納品ですけれども、流石に少し余裕を持った方が良いと思うのですね。枢機卿のお披露目が済めば、より多くの依頼が来ることは確実です。早めに生産を始めておくことをお勧めしますよ」


と忠告してくれた。

教会は王国全土に広がっているし、この街近辺だけの需要にとどまらないことは確実だ。

将来需要を見越して生産しておくべき、との意見は正しい。


「大変ありがたいお話ですが、問題は製造した開拓者の靴を、どこに保管するかです。それと注文と金銭を管理する仕組みですね。この2つの課題が解決しないと、先に生産しても、靴が傷んでしまったり、作ったはいいもののサイズが合わなかったり、お代が支払われない、ということがあり得ます」


俺があげた懸念については、


「注文と金銭支払の管理は、教会で用意できると思いますよ」


とミケリーノ助祭が解決を請け負ってくれた。


もともと、教会は金持ちだ。どのくらい金持ちかというと、この街を治める伯爵に開発資金を貸し付けることができるくらい、金持ちだ。


たかが靴の事業に絡む支払いを受け持つぐらい、なんということもないだろう。

それに事務仕事に長けた若手を山程抱えているから、支払いに絡む事務処理も簡単に片付けられる。

やはり教会のような大きな組織の力というのは、本当にすごい。

会社(うち)にも、そんなできる若手が欲しい。

サラもよくやってくれているが、その下で補助業務をできる教育のある人間がいると、だいぶ楽になるのだが。


「ところで、製造した靴を保管するのに場所を提供していただくことは難しいのでしょうか?」


とミケリーノ助祭が答えなかった点について聞いてみると


「先に注文がなければ、何をどれだけ作るのか決めることができないのでは?」


との答えが帰ってきた。


それを聞いて、足のサイズにぴったり合わせて作られる筈の靴を、注文も請けずに見込みで作れるはずがない、とミケリーノ助祭が考えていることがわかった。

ミケリーノ助祭が想定しているのは、せいぜい10足とか20足の注文を一時的に預かる程度のことを考えていたから、保管場所について、特に意見を言わなかったのだ。


それに対して、俺は


「保管場所さえあれば、1000足でも2000足でも、先に作って納品することができますよ。しかも足のサイズにピッタリの靴を」


と言ったのだが、ミケリーノ助祭は目を丸くしていたし、サラはうさんくさいものを見る目で見ていた。

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