第268話 やり遂げて

その後、戻ってきたミケリーノ助祭に一通り原理を説明したところ、興奮した彼に質問されるばかりとなり、こちらの話が全く出来なくなってしまった。

仕方なく、次回納品の量と時期については持ち帰って検討することとなった。

そうして、大聖堂から辞去しようとすると、すっかり興奮で顔が赤くなったミケリーノ助祭から


「後で、ニコロ司祭に呼び出しがあると思いますから!その際はよろしくお願いしますよ!」


と力強い笑顔でお願いされた。


もとより断る選択肢のない俺としては「はあ」と気のない返事で精一杯の抵抗を示すしかなかったが。


事務所へ帰る道すがら、サラもミケリーノ助祭が見せた態度について話題にした。


「なんだか、助祭様、すっごい興奮してたわね。びっくりしちゃった。あの銅貨を積み上げて山ができたのが、そんなに驚いたのかしら?たしかに不思議だとは思ったけど・・・」


「まあな。俺も、あそこまで驚いてもらえるとは、想像してなかった」


この世界の銅貨は、原始的なプレス機で打ち出しているもののようで、重さこそ同じであっても形は、結構不揃いだ。そこで、用意してもらった銅貨を用いて、靴のサイズで分布の山を作ったように、銅貨のサイズでも同じことしたところ、ミケリーノ助祭がすっかり興奮してしまい、同じように別の硬貨で2回も山を作らされたのだ。

神の御業がどうとか言っていた気もするが、納期に間に合わせるために疲れていたので、その先は聞かなかったことにした。


「でも、また大きい仕事になりそうでよかったわね!こうやっていっぱい靴を作っていれば、みんな美味しいものが毎日、食べられるものね!お手伝いに来てる小さい子とか、毎日のご飯とお菓子を楽しみにしてるのよ!


「そうだな」


サラは納期の忙しい仕事も、お祭りのように無邪気に喜んでいる。

仕事することで周りに人が集まり、みんなが美味しくご飯が食べられる。

彼女にとっては、失った家族と農村での幸せな暮らしを取り戻せている、そんな気がするのかもしれなかった。


「それにしても、まずは工房の拡張作業を急がないとな。そろそろ、もう少し広い部屋で寝たいしな」


工房の改装工事は、未だに終わらない。元の建物をなるべく残しつつ、しかも生産に支障のないように工事しているからだ。完成すれば、床面積は2倍になり、事務所兼住居も広くなって、人並みの暮らしができるようになる。


「そうね、もうちょっとだけ広いとケンジも仕事しやすくなるわね。どうせ遅くまで仕事して、すぐに隣のベッドで寝るんだけど、机は大きい方がいいわよね」


「そういう暮らしをしなくて済むように、作業場所を広くするんじゃないか。職人が増えれば、無理をしなくてもたくさん靴を作れるようになるはずさ。それに、冒険者向けの守護の靴も、もっと作らないとな」


元から、全ての冒険者に守護の靴を履かせることが目標なのだ。

3年で10倍の生産量の目標は遠いように思えたが、ここで頑張って生産量を2倍に引き上げることができれば、あと2年半で5倍にすれば良いことになる。

それくらいであれば、現実感のある数値目標と言えるのではないだろうか。


そうして、一歩ずつ、一歩ずつ足元を固めながら進んでいくのだ。


難しい仕事だったが、今回もどうにかやりとげた。


思わず隣を歩くサラの手を握ると、サラの方からもゆっくりと握り返してくるのを感じた。

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