第261話 素性
剣牙の兵団の事務所について奥に通されると、以前、俺達を襲ったならず者相手に繰り広げられたのと似た絵図が広がっていた。
2人の職人風の格好をした男たちは縛りあげられ、体中に血や痣を作って転がされている。
俺は、5年間も冒険者で怪物相手に剣を振り回しておいてなんだが、どうしても暴力の匂いは好きになれない。
俺がキリクと入ってくるに気がついたのか、副団長のスイベリーが、こちらに声をかけてきた。
「来たか、ケンジ」
俺は頷いて応える。
「ああ、背後関係はわかったか」
スイベリーは、低いがよく通る声で
「教会だ」
とだけ言った。
現状、俺が敵に回してる勢力の中では、比較的、穏健な手段を取る組織だ。
「それで、どのぐらい上なんだ」
そう尋ねる。
教会と言っても階層(ヒエラルキー)は広く高い。
末端の助祭の小遣い稼ぎから、枢機卿を蹴落とそうとするライバルの枢機卿まで、様々なレベルの敵があり得るし、相手によって対処方法が全く異なる。
「指令は上から来ているかもしれんが、こいつらに指示をしたのは、それほど上じゃない。この街の、ある教区の教会の司祭に依頼されたんだそうだ」
そうしたスイベリーの説明には、納得出来ない。
「そんなことがあるのか?雇われ者のくせに、随分と粘ったらしいじゃないか」
この部屋の様子と、縛られた男達の様子を見れば情報を得るのに苦労した様子が伺える。
普通、小遣い稼ぎでやっている連中なら、少し痛めつければ情報を吐くものだ。
「普段は、その教会で下働きをしてるそうだ」
スイベリーが何気なく言った言葉を聞きとがめた俺は、強い調子で確かめた。
「おい、まさかこいつら、市民じゃないだろうな」
下働き、という響きからして、まさかとは思うが、手が綺麗だったという証言が気になる。
教会の仕事に奉仕している2等街区の市民であれば、あとの処理が面倒なことになる。
わかりやすい事例で言うと、3等街区に住んで街の外の住人である俺に何者かが暴力を振るったとしたら自己責任で、大したお咎めはない。
だが、2等街区にある剣牙の兵団に手伝いに来ている商家の娘さんに何者かが暴力を振るったりしたら、大変なことになる。
具体的には衛兵が動いて捜査が行われ、実行犯は逮捕され収監されるか刑罰を受けた上で追放される。
刑罰とは、高額な罰金を課され、それが払えなければ腕を切り落とされるというものだ。
実際には、そのあたりの刑の運用は、統治する側の金(カネ)と権力(コネ)次第なので、剣牙の兵団の面々が罪に問われることはないが、処理が面倒になることには違いない。
スイベリーは、俺の発言に、フン、と鼻を鳴らして
「そんなドジを踏むものかよ。街の生誕名簿には載っていない、立派なお上りさんだよ。足を見りゃわかる」
そう言って、靴を脱がされて血だらけになった足を剣の鞘で指していう。
「市民の連中は、年中城壁の中で暮らしてて、距離を歩いてないからな。独特の形をしてるんだ。こいつらは、絶対に農村の出身だよ。土から離れて暮らすようになって手は綺麗になったとしても、足指の形は変わらんものさ」
なんだか、どこかで俺が言ったようなセリフだ。俺がそう思ってスイベリーの顔を見ると、目を合わせて奴はニヤリと笑った。
「こないだ、キリクが面白いことを聞いてきた、と言ってたんでな。ちょっと真似をしてみたのさ。驚いたか?」
「ああ、驚いたな」
まったく、剣牙の兵団の奴等を見ていると退屈しない。
こちらが少し知識や情報をもらすと、それを当たり前のように活用して、平然としている。
やはりこいつらは、英雄の資質を持った連中なのだろう。
「それで、どうする?」
とスイベリーに聞かれたので
「これだけやれば十分だ。その司祭の教会に放り込んでやってくれ」
と答えると、
「甘くないか?」
とスイベリーは言った。だが、俺にも言い分がある。
「敵にもいろんな連中がいる。こいつらは教会内の政治的嫌がらせ、ってやつさ。嫌がらせに対してこっちが殺しで応じれば、向こうも殺しにかかってくる。このあたりで手打ちにした方が、お互いにとっていい」
俺が理由を説明すると、スイベリーは肩をすくめて軽口を叩く。
「お偉いさんになってくると、いろいろ面倒そうだな」
自分でお偉いさんになったつもりはないが、敵の性質が変わってきた自覚はあったので
「ああ、面倒なことさ」
と、同意しつつ、ここにサラを連れてこなくてよかった、とも思った。
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