第260話 捕り物

トマ少年が賤貨と食べ物の入った袋を握りしめ、走って工房を出ていくのを見送ってから(あの年頃の少年は、なぜ走ってばかりいるのだろうか)俺はキリクに向き直った。


「状況はわかった。で、どうする?」


まずは警備担当としての意見をキリクに聞く。


「とりあえず、とっ捕まえます。革通りの入口を回り込んで封鎖しちまえば、逃げ場はねえですしね。2人で封鎖して、2人は警戒に残します」


キリクが革通りの地形を利用した案を出してくる。革通りは奥まった一角にあり、出入り口を封鎖してしまえば、そこから逃げ出すのは容易ではない。この場所に会社を構えたのも、こういった事態に備えてのことだ。


「で、お前はどうするんだ?」


「そりゃあ、俺がぶん殴って、ここに連れてきますわ!」


キリクが掌で剣の鞘を叩いて、大声をあげる。


要するに、4人で包囲を敷いて崩さず、最も腕の立つキリクが犯人を捕まえるわけか。

新選組の捕物も、そういった形式で行われたと聞いたことがあるから、無線機のない時代であれば、そうすることが合理的なのかもしれない。

俺は頷いてキリクの案を了承しつつも、注文をつけた。


「犯人を工房に連れて来ると職人達の作業が滞る。剣牙の兵団の事務所に連れて行って、背後関係を吐かせてくれ。俺は後から行く」


「なるほど、たしかに会社(ここ)だと、奴らが唄ったら気が散りそうですわ」


そう言って、キリクは犬歯を見せて、ニヤリと笑みを浮かべた。


以前、襲撃してきた連中の頭をぶっ叩いて大地と接吻させたように、今回の連中も天地逆転の目に遭うのだろう。

俺は少しばかり、連中に同情した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


それからしばらくして、外で少し騒ぎが起こったが、起こった時と同じようにすぐに治まったようだった。

革通りでも搬入にきた荷車と通行人の諍いなどは日常茶飯事だったので、職人達も特に動揺せず作業を続けた。

何しろ納期が短い。そんなことに気を取られている暇はないのだから。


俺も事務室で処理すべき書類の続きに目を通す。

靴の生産は革通りの他の工房の協力もあって納期を前倒しにできそうな勢いだが、外部に仕事を委託するようになったために、書類の量が飛躍的に増え、それを管理する手間が増えたのだ。


もっとも、書類をやり取りする先も革通りの連中なので、文字が碌に読めない。

なので、こちらで簡単な管理用の表を作り、それを持ってサラが工房の主に発注数や納入数、金額を確認のために毎日聞いて回っているのだ。


工房主たちは、字を書けない代わりに記憶力はいい。1日ぐらいならそう言った取引情報を確実に憶えているので、こちらで記録に起こしている。

俺の仕事は、そうった手間が少なく管理できる書類の形式と、負担なく確認できる業務の設計、および運用された仕事のチェックと改善点の発見というわけだ。


日が傾くころになって、キリクが事務所に戻って来た。


「わりと時間がかかったな」


俺が声をかけると、キリクが肩をすくめて答えた。


「腕はイマイチなわりに、口は堅い連中でしてね。少し手間取りました」


そうか、と頷きかけてキリクの顔をみると顎の先に赤いものがついている。


「おい、顎を拭け。職人達が怯えるだろ」


そう言って布を差し出すと


「おっと。こりゃいけねえ」


と、キリクは布でゴシゴシと血糊を拭った。


「よし。じゃあ向こうの事務所で話を聞こうか」


そう言いながら、まるでヤクザのセリフだな、と場違いなことを思った。

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