第262話 流通の信頼

その日も事務所でサラが記録してきてくれた書類をチェックしていると、工房の外が騒がしくなった。

すると、工房の手伝いをしている1人が、事務所まで呼び出しに来た。


「あのう、小団長、乱暴そうな商人の方が、小団長を出せ、と言っているのですが・・・」


乱暴そうな商人、と言えば心当たりはあり過ぎる。

キリクに護衛をさせて、工房の外まで迎えに行くと、入口で剣牙の兵団の護衛に押しとどめられ、もみ合っている男の姿があった。


俺は内心でため息をつきながら挨拶する。


「これはこれは・・・。ご無沙汰をしております」


そうして姿勢を低く対応したのだが、先方の怒りは俺を見つけたことで、さらに圧力があがったようだった。


「おう!あんたのところで守護の靴を作ってるんだろうが!ここ1月、まったく出荷しないってのは、どういうことだ!」


やはり、そうなったか。と、俺は気分が沈んだ。

2ヶ月で聖職者向けの靴を大量に納品するようニコロ司祭に依頼され、その生産力の全てを向けることで対応しているため、ここ1月は冒険者向けの守護の靴の生産と出荷が一切、止まっているのだ。

こちらとしてはやむを得ない対応であったとはいえ、それは流通を担う街間商人からすれば許せないことであるし、その先の注文を抱えた顧客からの重圧も大きいのだろう。

この件については、全面的にこちらが悪いので、頭を低くしてお詫びする。


「大変、申し訳ございません。ただ来月末からは出荷できます。そのための入札を再来週に行います。それまで、どうかお待ちいただけないでしょうか」


だが、当然のように街間商人は納得しない。ただでさえ、こちらに乗り込むほどに頭に血が上っているのだ。言葉だけで納得するはずがない。ひょっとすると、こちらの商売を当て込んで仕入れのための資金をどこからか借りているのかもしれない。


「そんな言葉だけで納得できるか!」


と、相手の怒りは治まらず、次回入札のための予約と、その際の優先権を約束することで、ようやくお引取りを願うことができた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


事務所に戻ると、俺はすっかりと疲弊して椅子に座り込んでしまった。


「参ったなあ・・・そりゃあ、怒るよな」


お茶を淹れてくれたサラは、同意しつつも軽く流した。


「そうよね。でも、どうしようもないじゃない?だって司祭様の注文は断れなかったんでしょ?」


「まあな。それは無理だ」


俺達の規模で枢機卿傘下の有力者であるニコロ司祭の依頼を断るなど、あり得ない。

ただ、そんなことは守護の靴を愛用してくれている冒険者と、それを仕入れてくれる街間商人には預かり知らぬことであるし、関係ない。

その意味では、会社(うち)は彼らの信頼を大きく失いかけていると、と言ってもいいだろう。


本来、俺が靴を提供したいと願う冒険者への靴の供給が途絶え、本来はその廉価版として従属的な製品であったはずの開拓者の靴の生産に振り回されている。


市場や事業というものは、なかなか思い通りにいかないものだ。


とにかく、何らかの対策を考えなければならない。

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