第246話 交渉の力関係

工房からの返信の山を眺めて、俺は溜息をついた。


「やはり工房に直接訪問して、話をつけるしかないか」


だが、サラがそれを止める。


「そうだけど、危ないじゃない」


「そうだな」


普通の襲撃なら剣牙の兵団で何とかできるし、今さらそれを恐れてはいない。

問題は訪問先の工房の誰かに魔術がかけられているケースがないとは言えないことだ。


先日の事件を起こした魔術師本人は撃退したと思うのだが、各所に罠を張り巡らせていて、その罠が残って発動を待っていないとは言い切れない。

自分の経験からしても、精神的な魔術は本人に自覚症状がないだけに、行動が自然で、それだけに護衛としても読みにくい。

かけられた魔術の効果がどの程度続くのかはわからないが、少なくとも枢機卿のお披露目が済むまでは、無用な危険は避けたい。


それに、問題は、魔術の危険だけではない。

こちらの持つ交渉力(バーゲニングパワー)が弱いことが、より深刻な問題だ。


現状、相手方から見ても、会社(うち)に高級品を売るための伝手がないのは、判っているだろう。

だから、会社(うち)としては、個別の工房と交渉し、競争させて良い条件を引き出したい。

街間商人の時は、独立性の高い冒険者出身の商人だから、この手がうまくいった。

その結果、利益が3倍になった。


ところが、街中で長く商売をしてきた伝統ある工房は、団結することで、こちらの手を封じている。

そうして、こちらから、もっと良い条件を引き出そうとしているわけだ。


交渉のゲームとしては、会社(うち)は相手の出して来た条件を何でも飲むしかない状態にある。


こう説明すると、サラが俺をたしなめた。


「条件ねえ。別にいいいんじゃないの?開拓者の靴は儲かってるんでしょ?」


「相手が持ち出してくるのが、金銭だけなら交渉の余地はあるけどね。たぶん、そうならない」


「お金以外の条件ってこと?そんなことあるの?」


「俺が相手方なら、開拓者の靴の技術を開示すること、類似製品の製造について許可をすること、教会の印使用のために納付する一部売上管理の監査の免除なんかを要求するね」


技術を寄越せ、製造権を寄越せ、商標権を寄越せ、あるもの全部寄越せ、と主張するのは交渉で強い立場にあるときの鉄則だ。

なにしろ、相手には他の選択肢がないのだから。


最後の条件の監査については、少し説明の必要があるかもしれない。

開拓者の靴は、教会の印を使用しているので、その売上の一部を教会に納めなければならない。

そして、その資金は農村の支援に回される。

この仕組みに参加するなら、売上の申告は正確でなければならないし、一定期間ごとに監査を受けなければならない。

これは教会の印管理の仕組みを整備する上で、譲れないところだ。


だが、今の交渉の力関係だと、その条件は受け入れられないか、売上は自己申告という形で監査が有耶無耶にされかねない。


「そんなの、会社(うち)の商売を寄越せ、っていうのと同じじゃない!」


「だから、商売を寄越せって言うんだろうよ。俺が相手方なら、会社(うち)の高級品商売を潰すなら枢機卿のお披露目が済む前の今しか機会(チャンス)がない、と考えるだろう。目障りな敵は小さな芽のうちに摘んでしまいたいのさ」


「いくらなんでも、そこまでするなんて・・・」


「ないと言えるか?」


机の上に積まれた強い口上の返信を見て、つい先日の魔術師の襲撃や、これまで俺が狙われた事件を思い出したのだろう。

サラは口を噤んだ。

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