第245話 不文律

「これで4件目か・・・なかなかやってくれるな」


街の複数の高級品を扱う工房に打診し、その度に会社(うち)の人間を走らせること数回。返って来るのは、用件があるならこちらへ来い、内容によっては聞いてやってもよい、という旨の、最初にこちらの立場を思い知らせようとする、高飛車な内容の返信ばかりだった。

伝統ある工房の格式というやつか。

街間商人は、それで駆けつけてくれたんだがな。

利益ある取引を持ちかけた手紙に対する反応としては、なかなか難しい。


「なんか、すごいね。ケンジ、嫌われてる?」


と、積み上げられた返信を前にしてサラが聞いてきた。


「まあ、好かれているとは言えないな。特に、今回の高級品販売は、彼らのお客さんを巡って真正面からぶつかり合うことになる。俺は靴さえ売ってくれるならそれでいいんだが、彼らからすると、いろいろと悪い想像も働くんだろう」


「いろいろって?」


「例えば、開拓者の靴を皮切りにして、他の高級品の開発と販売に乗り出すんじゃないか、とか。教会の権威を傘に来て、目障りな工房を潰すつもりじゃないか、とか」


俺の指摘に対して、サラが驚きの声をあげる。


「ええ!?ケンジ、そんなこと考えてるの?」


「そんなことは考えていないが、状況によっては、そうする可能性がないとは言えない。この場合、俺にその意思があるかどうかは問題じゃないんだ。それをするだけの能力がある、と見られていることが問題で、それは事実だから、疑惑は晴れる可能性はない」


現在、会社(うち)には剣牙の兵団という武力と、ちょっかいをかけてきた文官貴族を排除した実績があり、さらに教会と組んでいる上に枢機卿御用達という工房としての看板もある状態だ。伝統があるとは言え、街中の工房が単独で正面から相手にできる存在には見えていないはずだ。


サラは、俺の言葉に納得はできないようだったが、気を取り直して聞いてきた。


「それで、この後どうするの?」


俺は頭の後ろで腕を組んで椅子の背もたれに身を預けると、溜息を吐きつつ答えた。


「そうだなあ。今までの取引実績のあるクワン工房でもこの反応となると、なかなか難しいな・・・。引き続き別の売り手を探すにしても、別の手も考えておかないとな」


「別の手?」


「そう、別の手」


俺とサラが見つめた方向には、下品な冗談を飛ばして小突かれるキリクと、アンヌの姿があった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


結局、数日間かけて十数カ所の工房や商家に声をかけてみたものの、いろ良い返事を寄越したところはなかった。


新参者の俺にはよくわからないが、街の上の方の工房や商家は繋がっており、どこの工房が、どの貴族家に、どの種類の製品を納品する、ということについて、古くからの不文律(カルテル)が存在するらしい。


会社(うち)の工房は、その担当顧客である貴族家の割り振りも、担当すべき製品についても、その長く続いた分業のルールを破って好き勝手に商売をしているから仲間にいれてやらない、というわけだ。


もう少し会社(うち)の成長が緩やかであれば、婚姻なり資本提携なりを通じて彼らの仲間に入れてもらえたのかもしれない。


だが、得体の知れない冒険者風情が何か珍奇な靴を作っている、と思っていたら、工房の設立から、わずか1年と少しで枢機卿御用達の製品を生み出すとは、彼らも想像だにしなかったのだろう。


事態の中心にいる俺でさえ、現実の変化の速さに、何が何やらわからずに振り回されている状態なのだ。

ひょっとすると、街の伝統ある工房の経営者たちも、俺に悪意があるというよりも、単に変化についていけないだけなのかも知れない。


いずれにせよ、工房の人間が何を考えているのか、顔を合わせて話をしてみないと始まらない。

気は進まないが、危険は覚悟で訪問するしかないかもしれない。

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