第247話 誰が売るのが正しいか

交渉力を持つためには、まずは、他の選択肢を作ることが必要だろう。


「アンヌを呼んできてくれ」


少しすると、サラに呼ばれてアンヌがやって来た。

やや怪訝そうな様子で椅子に座ったアンヌに、俺は話を持ち掛けた。


「アンヌ、自分で劇団を主宰できるぐらい稼ぐ気はないか?」


「詳しく聞かせて!!」


アンヌは目を輝かせ、こちらに掴みかからんばかりの勢いで立ち上がった。


実際、両肩に凄い力でつかみ掛かられたのだが。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


俺は高級品を扱う工房との交渉がうまくいっていないこと、そして貴族への販売チャンネルがない、という現状について話した。

その対策として、少なくとも少数の品であれば、自社で貴族向けの納品が可能な体制と実績を作りたい、そのためにアンヌの技能と伝手を使いたい、と持ち掛けたのだ。

いわば、製造一辺倒であった自社に、販売機能を持つ子会社を持つようなものだ。


「難しい仕事になると思う。昔の伝手を使って、必要なら売り子を雇っても構わない。経費が必要なら相談してくれ。それで報酬だが、利益の2割を出す」


「4割」


アンヌは指を4本あげた。


「経費は、こちら持ちなんだ。4割は暴利だ。2割5分までなら譲ってもいい」


「あんたね、化粧品とか、衣装とか装飾品とかは、こっちで持ち出しなのよ。3割5分は出してもらえないと」


「お前が売った後の書類仕事や要望のサポートなんかは、こちらに回すつもりだろう?2割7分だな」


「ばかね!苦情とか意見は私に来るに決まってるじゃない!書類は任せるから3割3分でいいわよ」


「まずは実績だな。3割で我慢しろ。それ以上に売れたら、考えてもいい」


俺がそう言うと、アンヌは満面の笑顔で付け加えた。


「今の話、書面にしてくれる?」


「当然だな、そうしよう」


俺が羊皮紙にサラサラと文面を2通書くと、アンヌは1枚を受け取り、クルクルと丸めて胸の谷間にしまった。


「ケンジ、あんた、なかなかイイ男になってきたわね!」


アンヌは俺にぎゅっと抱き着いて頬にキスをし、さっと離れると


「さて!忙しくなるわね!」


と長いスカートの裾を摘まんで立ち上がり、工房の外へ、あっという間に出ていってしまった。


後には呆然とした俺と、憮然とした様子のサラが残された。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


アンヌが出かけてから、サラの様子が何だかおかしい。


お茶を淹れてくれるときも、鈍い打撃音を立てて机にカップが置かれる。

分厚い安物なので割れる気づかいはないが、書類に茶が飛びそうで、さすがに気になる。


まあ、機嫌が悪いのはアンヌの件なのだろうが。


「あれは、アンヌの挨拶みたいなもんだ。機嫌が悪くなる必要はないだろう?」


「・・・そうだけど!それでも、胸の谷間に契約書を入れる必要はないでしょ!あんな、服を引っ張って、わざと見えるようにして・・・」


「まあ、そうだな」


嵐が来ている時は、頭を低くして過ぎ去るのを待つに限る。


「そうでしょ!?まったく・・・」


そう言いながらも、サラは自分のシャツを少し引っ張って胸元を気にしている。

なので、


「サラも、ああいう服を着てみるか?」


と言ってみたのだが


「あんな破廉恥な服、着られるわけないでしょ!」


と真っ赤な顔で怒られた。

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