第232話 全ての卵を1つの籠にいれてはならない
注記:7月31日の更新の際、227話、228話、229話を抜かして転記していました。8月1日に修正しています。7月31日の更新を読まれた方はご確認ください。
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さて、ここまでは職人達にも協力してもらう、という精神論の世界だ。
ここから先は、具体的に手法を詰めていかなければならない。
こちらで準備をする仕組みを整備する必要もあるが、まずは手近なところから注意していく。
「まず、みんなに気を付けてほしいことだが、他所の工房から買収には気を付けて欲しい。良い賃金を出すから来てほしい、だとか、高値で買い取るから、ちょっと職場にある道具を持ってきてほしい、と甘い誘いがあるかもしれない。
だが、今の時期の甘い話は、嘘だ。ここまで話したように、他所の工房や他の街の大貴族が妨害のために仕掛けた話の可能性が非常に高い。甘い話に乗ったとしても、妨害工作が済めば用無しだ。貴族様が関わった証拠を消すために、一緒に消されてしまうだろう。
消されるっていうのは、殺されて死体も出ないってことだ」
敢えて、殺される、という強い表現を使うと、職人達は震え上がった。
「だから、気を付けて欲しい。仮にそういった声をかけられたら、その場は従う振りをして俺に相談して欲しい。こちらには剣牙の兵団や、教会の偉い人がついている。そういったことにも、しっかりと対策をうってくれる。俺を信じて、相談してくれ」
そこで、俺達の背後(バック)にも強い人達がついているのだぞ、と強調して伝えたのだが、職人達は青い顔をして、無言でコクコクと頷くだけだった。
彼らの顔色を見ていると、今日はこれ以上の情報を詰め込んでも処理しきれないだろう。
その後は作業に戻ってもらったが、あまり効率は上がらなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
事務所で腕を組んで、今回のリスク管理について作戦を考える。
うんうんと唸っていると、サラが心配そうに聞いてきた。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫とは、言えないな」
と正直に答える。
喋っているうちに整理される部分もあると思うので、サラに説明する。
「こういう危険を減らすには2つ、大きなやり方があるんだ」
「ふうん」
「1つ目の方法は、危険そのものが発生しないように手をうつことだ。今回の件で言えば、会社、俺、会社で働く人、枢機卿様の靴、の防備を固めることがそれにあたる。
会社には剣牙の兵団に常駐してもらっているし、働く人には危機意識を持ってもらって相談してもらえるようにはした。そんなに長期間できることじゃないけど、枢機卿様のお披露目までぐらいなら、十分にもつだろう、と思ってる。
だけど、正直、魔術の対策となると、サッパリだ。俺はジルボアじゃないから魔術で暗殺なんてされたら、どうしようもないし、枢機卿様の靴を密かに盗まれたりしても、お手上げだ」」
「・・・そうね、魔術って怖いのね」
俺はサラに頷いて、説明を続ける。
「2つ目の方法は、危険が発生した時の損害を減らすよう手をうつことだ。卵を1つの籠だけにいれておいたら、落とした時にどうなる?」
「全部、割れちゃうわね」
「そうならないように、籠を幾つも用意するんだ。今回の件で言えば、枢機卿様用の開拓者の靴を、たくさん作ってしまえばいい。普通は枢機卿様向けの品は芸術品のような一品ものだから、盗まれてしまったら替えがきかない。だけど幸いなことに、開拓者の靴は量産品だ。たくさん作って、例えば1セットは剣牙の兵団の事務所に置いておけばいい。そうすれば、相手は開拓者の靴を盗んで妨害することはできなくなる」
「そうね!そうすれば、靴は大丈夫ね。会社も平気、働く人も平気、靴も平気。あれ?でも、そうすると・・・ケンジはどうなるの?」
「そうなんだ」
俺は苦い顔で頷いた。
「いろいろ考えてみたが、相手からすると俺を魔術で暗殺するのが、妨害工作としては一番手っ取り早いんだ。武術の腕は普通で、護衛は少ないし、俺は1人しかいない。身分のある人間ではないから、政治的にも問題にならないしな」
「そんな・・・」
サラは両手で口を覆った。
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