第233話 魔術は使えなくとも

「何かないの?だって、だって・・・」


サラが涙目で詰め寄って来るのを、俺はとめた。

昼間の事務所だと、人目が気になるし。


「まあ、落ち着け。今までの話は、万が一の話だ。貴族様が妨害してくるだろう、それに魔術師を用いるだろう、その貴族様の情報収集と分析が完璧で、俺を狙ってくるだろう、という、いくつもの仮説を積み重ねた話だ。それに、枢機卿様が開拓者の靴を履かれるという情報は、そこまで広まっていないはずだ」


そうサラを説得しながらも、自分自身でも、あまり納得はしていなかった。

枢機卿の足のサイズを知るために、複数の工房に図面と現物の送付を依頼したのだから、勘の良いものたちは何かが起きていると気づいただろう。

ニコロ司祭や、ミケリーノ助祭が目的や送り先を偽装していてくれると良いのだが。

教会内の権力闘争を勝ち抜いているのだから、それくらいの機知は期待しても良いはずだ。


だが、起きる確率は低くとも最悪の事態に備える必要はある。それが危機管理というものだ。


「そうだな・・・例えば、こうする」


俺は事務所のドアを閉めてから、部屋の中で剣の鞘を取り出して、腰の高さで床と平行に、何もない空間に向かって振り回す。

それを数回繰り返してから、唖然としているサラに向き直る。


「魔術を使って、姿を見えないようにしていたとしても、そこからいなくなるわけじゃない。こうして、部屋に入ったときに確認すれば、少なくとも部屋の中は安全ってことだ。まあ、気休めだけどな」


それから、机にあった金属片と革の紐を組み合わせて即席の鳴子を作る。


「こういうものを事務所や工房のドア、窓なんかの開閉部分にぶら下げる。音が鳴ったけれど誰もいない、ということがあれば、侵入された証拠だ。そうしたら棒を振り回す。そうして姿さえ見えるようになれば、剣牙の兵団の護衛達が何とかしてくれるはずだ」


即席の鳴子を机の上に置いて、サラに向き直る。


「あとは、考えを誘導された場合の対策だが、これはお互いを見張るしかない。何か相手の行動に違和感があれば、その理由を聞いて確認するしかないな。こういうことは嫌なんだが、お披露目までの短い期間だ、我慢してもらうしかない」


ここまでは、事務所の守りを固める話だ。できれば、外側にもう一本、防衛線が欲しい。


「あとは、革通りの連中にも協力を要請するか。見かけない余所者がいたら教えてもらうんだ」


そう言うと、サラが聞いてきた。


「でも、相手の顔とか全然わからないでしょ?」


俺は推測を交えて答える。


「ああ。だが、魔術師という奴らは子供の頃から魔術の訓練ばかりして身体の鍛錬はあまりしていない、って話だ。肉体労働者ばかりの冒険者や革通りの連中に比べれば細い外見をしているだろう。それに人殺しを生業にしている奴ってのは、独特な暗さを持ってるもんだ。貴族様お抱えの魔術師なら裕福だろうし、身なりも、そこそこいいだろう。暗い眼をしていて、身体が細く、身なりがそこそこの余所者、という奴が革通りに入って来れば、目立つはずだ。普通に考えて、いきなり暗殺に来るってことはない。何回か、偵察に来るはずだ。例の、姿を見えにくくする魔術だって、革通りですれ違う全員にかけるわけにはいかないだろう」


そこまで言うと、サラは少しは安心したのか、お腹が小さく鳴った。


「さて、今夜から早速鳴子を作るか。その前に夕食だな。何を食べたい?」


そう聞くと、少し顔を赤らめながら


「白いパン!と言いたいけど、今の時間からだと無理ね。隣のおばさんに、シチュー作ってもらおうよ!」


と笑顔を見せた。

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