第231話 危機のかたち 未来のかたち
しばらくの間、職人達は呆然としていたが、やがて中の1人が、声をあげた。
「そ、そんな方に、俺達の作った靴を履いてもらうとか、大丈夫なんですか?その・・・」
と、言葉を濁したのを受けて、別の職人が後を引き取って続ける。
「その・・・、自分達はまだまだ職人としては未熟ですし、他の工房の親方とかに良く思われないんじゃ・・・」
と、街の工房における立ち位置を気にしたあたり、危機感を共有はできてきたようだ。
だが、まだ甘い。もう少しだけ危機の性質の知識を持ってもらわないと困る。
「ああ。そうだな。街の全ての工房は、会社(うち)の名まえを知って疑問を持つだろうな。そして、あんなポッと出の工房に何ができるのだろうか、気に入らない、と考えるだろう」
まず相手の懸念を肯定する。そうして追加の情報を聞いてもらう姿勢をつくる。
「その上、枢機卿様の衣装を手掛けてきた他の街の伝統ある工房の親方達も、会社(うち)を気に入らないと考えるだろう」
その言葉を聞いて、職人達がギョッとしたように顔をあげる。
「そして、枢機卿様と何とか繋がりを持ちたいと思ってきた大貴族達や大商人達も、気に入らないという理由で会社(うち)に妨害工作をしかけてくるかもしれない」
妨害工作、という単語に反応した職人の一人が、質問してきた。
「ぼ、妨害って・・・?素材を売らないとか?靴を買わないとか、そういうことですか?」
「そんなものじゃない」
彼の意見を一言で否定すると、職人達はよかった、と安心した様子を見せた。
だが、俺の続けた説明で、ただでさえ白かった彼らの顔色は、さらに青ざめた。
「妨害工作っていうのは、俺を殺そうとしたり、皆を買収して靴を盗ませたりしよう、ということだよ。それが貴族様達の、気に入らない、っていうことだ」
「そ、そんな、枢機卿様の靴を作るのは、いいことじゃないですか。なんで、そんなこと考えるんですか・・・」
と、職人の1人が言う。
善良な街の市民である職人達からすると、尊い枢機卿様の靴を作ることが、なぜ悪いのか、と思ってしまうのだろうから、その反応を否定する気にはなれない。
だが、ここはしっかりと危機感を共有してもらわなければならない。
何しろ、事業の未来と、自分の命がかかっている。
「枢機卿様の靴を作るのは、とても名誉なことだ。そうだろう?」
俺がそう問いかけると、職人達は一斉に頷く。
「ましてこの街では、ほとんど100年ぶりの快挙だ。そうすると、街の人達は、どう考えるだろう?」
職人の1人が言う。
「みんな、会社(うち)の靴を買いたい!と言うでしょう」
俺は全員を見回しながら頷く。
「そうだ。枢機卿様のお披露目までは、苦しいし、危険な目にも遭うだろう。だが、俺は、みんなと会社を守るために全力を尽くすし、出来ることはなんでもやる。そして、それを乗り越えれば大きな飛躍がある。街の全ての人が、会社(うち)の靴を欲しがって、店に列をなす未来が待っている。どうか、しばらくの間、協力して欲しい」
そう言って頭を下げた。
危機感だけを煽っても、理由の説明がなければ納得はできないだろうし、明るい将来像が示されないと人は従ってくれない。
なぜ、危険なのか。その危険を乗り越えると自分にとって、どんな良いことがあるのか。危険はいつまで続くのか。
特殊な能力や、突出した武力を持っていない俺は、言葉で周囲に協力を求めることしかできない。
全員に理解はされただろうか。そろそろと頭をあげると、職人達と目が合った。
「やりましょう!少し怖いけど、頑張りますよ!」
「そうです!枢機卿様の靴を作れるなんて、一生に一度の名誉です!任せてください!」
口々に答える職人達の顔を見ているうちに、迂闊にも目に涙が滲んだ。
注記:7月31日更新の際、226話、227話、228話が抜けておりました。8月1日に修正しました。
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