第230話 身分制度の三角形の頂点の頂点

近くに製図用の墨棒があったので、それを使って壁に大きく三角形を描いて、その中に何本か横線を引いて階層をわける。

言葉も必要だが、やはり視覚的に理解できた方がいい。


「教会で教えを説いていらっしゃるのは、司祭様だ。司祭様は、この三角形の組織の中で、どのあたりにいらっしゃると思う?」


そう聞いてみたが無言だったので、聞き方を変える。

集団に問いを投げるときには、こちらで工夫しなければならない。


「じゃあ、俺が何カ所か3角形の場所を指すから、そこだと思う場合は手をあげてくれ。1人1回だ。いいか?」


そう問いかけると全員が頷いた。


「では、まずここだ。司祭様は三角形の下にいると思うものは?」


と下部を指す。だが、誰も手をあげる者はいなかった。

段々と要領がわかってきたのか、職人達も口々に喋りだす。


「あのお偉い司祭様が、そんなところのわけないよなあ」


「そうだそうだ。休みの日に教会に行くと、いつもいい話をして下さる」


「うちの兄弟も息子が生まれて、名づけをしてもらったんだ」


少しだけ雑談をさせてから、先を続ける。

そうして、三角形の場所を次々に差していき、手を挙げてもらう。


総合すると、彼らにとって日常的に接する教会の司祭は、三角形の上位2割ぐらいの位置と認識されているようだった。


「それで、正解だが、司祭様の場所はここだ」


と下から2番目の位置を指すと、職人達は驚きに騒然となった。

興奮して周囲の職人と顔を見合わせている。


俺は少しだけ、彼らの興奮が治まるのを待って話し出す。


「組織の中で、人徳があるのと偉いこととは、別に関係がない。だから司祭様を貶めるつもりは全くない。それはまず、理解してほしい」


何人か不満顔の職人がいたので、司祭を侮辱するつもりがないことを明言する。人間は感情の動物なので、感情的に受け入れられない、と思ってしまえば、それ以降の話を聞いてもらえなくなる。


「例えば、だ。会社では俺がみんなに靴の給与は払っているわけだが、だからって俺がみんなより、いい奴かどうかは関係ないだろ?そういう話だ」


俺がそう言うと、何人かの職人が、ぷっと吹き出した。

いい兆候だ。


「それで、だ。司祭様がここ。その上には司教様、という人がいる。みんなが生まれた時に教会で書いてもらう生誕名簿を管理している人だ。この街には、十数人しかいない。その上に、司教様をまとめて管理する大司教様、という人がいる。その方は、この街に1人だけだ」


ここまで説明すると、職人達は、あれ?という顔をした。枢機卿の名前が出てこなかったからだ。


「あの、枢機卿様という方は?ひょっとすると大司教様と同じくらい偉い方なんでしょうか?」


と、若手の職人の1人が尋ねてきたので、俺は「いや」と首を横に振る。

すると職人達に、ホッとした空気が流れる。


だが、俺が続けた


「その上だ。枢機卿様は、大司教様よりも偉いんだ」


という言葉に、職人達の表情が凍り付いた。


「もう1つ付け加えると、枢機卿様が身に着けるものを、この街の職人が請け負うのは83年ぶりだ。3代前の枢機卿の肩飾りを手掛けたのが最後らしい。つまり、今、この街の工房で枢機卿様の衣装を手掛けた職人で生きている者はいない、ということだ。それくらい、名誉なことが起きたんだ」


俺が追い打ちのように付け加えた説明で、職人達は驚きに顔を白くして、口をパクパクと開閉していた。

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