第223話 リスク・マネジメント
事態の深刻さが飲み込めたところで、改めてミケリーノ助祭と事態の打開に向けて議論する。
だが、何よりも、枢機卿の靴を作らなければならない。
そのためにミケリーノ助祭に実務面での支援を求める。
「まずは、枢機卿様の足のサイズを知りたいのですが。できれば足型をとりたいのです。もし難しければ、今までに履かれた靴をお借りして、それに合わせてこちらで何種類かのパターンを作らせていただきます」
ミケリーノ助祭は頷く。
「なるほど、ケンジさんのところでは、足の形に拘って靴を作っていらっしゃいましたね。私もこの靴は底が柔らかく、カーブした部分が足に合っていて長時間履いていても疲れが少ないので、便利に使わせてもらっています。
それで足型を、という話ですが。足型というのは初めて聞きますがどのように取るのですか?」
ミケリーノ助祭の疑問に対しては、足を床に踏み込む仕草を交えながら答える。
「例えば、泥で柔らかい地面を裸足で踏みしめることを想像してください。地面には、足の形がクッキリと残ります。これが足型です。実際には泥ではなく、柔らかい粘土などを用います。箱に詰めた柔らかい粘土を足型がつくように裸足で踏んでいただき、それを元に靴のサイズや形状を決めるのです」
俺の説明に、ミケリーノ助祭は頷いた。
「なるほど、体にぴったり合ったものを作るには、そういった手順が必要そうですね。確か、聖堂騎士も板金鎧を作るときに鍛冶士の方と似たような打ち合わせや調整を行っていると聞いたことがあります」
「そうですね。板金鎧の手の部分に近いのかもしれません。きちんとサイズが合っていないと、関節が曲がらないということもあるそうですから。靴も足のサイズに合わないと、足指の先が曲がったりと、様々な病の原因になります」
俺が何気なく出した話題に、ミケリーノ助祭は食いついた。
「なるほど。貴族のご婦人には、そういった足先の病の治療のために教会にいらっしゃる方もいらっしゃいます。あれは靴が原因ですか?」
「一概には言えませんが、そういった原因もあると聞いています」
「なるほど・・・」
ミケリーノ助祭が、違ったところで悩み始めたので、元の話題に戻るよう注意を呼びかける。
「それで、こちらで足型用の粘土を用意すれば、枢機卿様の足型をとっていただくことは可能でしょうか?」
少し心ここにあらずの様子であったが、ミケリーノ助祭は頷いた。
「そうですね・・・それができれば一番良いでしょうが、以前に枢機卿様の靴を製作した工房に資料があるかもしれません。まずは、そちらからあたってみることにしましょう」
ミケリーノ助祭は請け合ってくれたが、枢機卿にポッと出の工房が参入することの意味を聞かされた後では、こちらも慎重にならざるを得ない。
一応、ミケリーノ助祭に確認する。
「その・・・大変言いにくいことですが、他の工房の方は私どもが枢機卿様の靴をご用意させていただくことを快く思っていらっしゃらないのではないか、と想像します。資料を出していただけないだけであればともかく、偽の資料などを渡してくることなどもあり得るのではないでしょうか?」
ミケリーノ助祭は目を大きく見開いて、その可能性について思いを巡らせていたようだが、やがて頷いた。
「ありえることです。何か対策は考えていますか?」
「複数の工房に資料を請求し、また、過去に枢機卿様が履いてらっしゃった実物の靴も複数用意していただけると良いかと思います。また、もし足型を粘土で取らせていただく場合にも、途中ですり替えられる可能性はございます。押印や割印、蝋による封印などで、偽造の対策を取る必要があるのではないでしょうか」
俺の対策案に、ミケリーノ助祭は静かにうなずいた。
「妥当なところです。手配しましょう」
一カ所だけの情報であれば工作も可能だろうが、複数個所を同時に工作することは難しい。さらに、図面だけでなく実際のモノにも辻褄を合わせて工作することはできない筈だ。
注文に応じるだけでなく、この手の妨害や嫌がらせについても考えなければならない。
お披露目の当日まで、頭痛と胃痛の治まる暇はなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます