第222話 83年ぶり

ミケリーノ助祭の説明は続く。


「・・・つまりですね、枢機卿様が身に着けるほとんど全ての品は、格式ある大貴族や本当の大商人が献上する品なのです。それ以外の残りの衣装というのも、神代(かみよ)の時代から伝えられているという伝統あるものですから、問題外です」


その話は以前に聞いたので「はあ」とだけ生返事をしていると、ミケリーノ助祭は埒があかないと思ったのか、角度を変えて質問してきた。


「それを製作しているのは、どういったところだと思いますか?」


「やはり、貴族様の贔屓にしている、お抱えの工房や職人ではないでしょうか?」


俺は一般論で答えたのだが、それでは回答として不十分だったようだ。


「格式ある大貴族が代々贔屓にしてきた伝統ある工房の、一流の職人達ですよ!そういった生涯を技術の研鑽に捧げてきた者達の最高傑作中の最高傑作が選別されて、その上で魔法的検査や宗教的儀式の意味づけなども勘案された上で、ようやく枢機卿が身に着ける予定衣装の待機リストの列に並ぶことができるのですよ!


その超一流品の列に横入りしようというのが、敢えて失礼な言い方をすれば、ポッと出の工房の、それも一流とは言い難い下町の職人達の手による粗末な靴を身に着けるのですから!

これが、どれだけ大変なことか、わかるでしょう?」


「・・・そんな言い方しなくたっていいじゃない!」とサラは小声で、自分の赤い靴を見下ろしながら、ぷりぷりと怒っている。

以前に俺が送った、この街に一品だけの女性用の赤い守護者の靴。サラはこの靴を非常に気に入って、毎日、香りの良い油で手入れをしているのだ。ミケリーノ助祭の言い方は、その靴までが侮辱されたような気がしたのだろう。


粗末な靴、呼ばわりは俺も納得はいかないが、ミケリーノ助祭の言いたいことは、だんだんと実感として理解できてきた。


このノリは、皇室御用達とか、王室御用達とか、そういうものだ。


そういう社会的象徴になり得る指導者が公用で身に着ける衣装に選定されるというのが、どれほど大したことか。前の世界で経験したこともなかったので、やはり実感はわかないが。


「ちなみに、この街で枢機卿様の衣装や装飾品を提供したことのある工房は、どれくらいありますか?」


そう聞いて、自分に理解できる範囲に落とし込もうと質問したのだが


「83年前の、カルヴォネン工房が3代前の枢機卿に肩飾りを提供した、という記録が残っています。それ以降は、ありませんね。この街ではそれ以降、枢機卿に衣装を納められる程の優秀な職人が育っていないようです。そもそも不文律として3代続いた工房でないと、大貴族の取引相手にはなれないものですから、それも致し方ないことではありますが」


という答えが返ってきた。

つまり、この街の職人達にとっては、本当に久しぶりの、とんでもない事態ということである。


「・・・今から、申し出は取り消せませんかね?」


俺が、それがもたらす事態とトラブルの予感に青くなって聞いてみたのだが


「無理ですね。今からせいぜい備えてください」


と無慈悲な答えが返ってきた。


ようやく理解できたか、と言わんばかりに胸を張っているミケリーノ助祭だが、彼も立派な当事者であるから一蓮托生の身ではある。


何だか、頭だけでなく胃も痛くなってきた。

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