第224話 出る杭は叩かれる

1週間程度の間に、ミケリーノ助祭から会社宛に幾つかの荷物が3等街区の教会に届き、サラとキリクを連れて往復する。人に任せられる荷物ではないので、布に包み、箱を胸元に抱えて歩く俺の姿は、周囲にさぞ滑稽に映っていたに違いないが、そんなことを気にする余裕は全くなかった。


結局、図面は5枚届き、実物は3組が届いた。粘土の足型は、まだ届いていない。大分難航しているのだろう。

実際には届かないことも想定して、製作を進めるべきだろう。


幸い、会社(うち)で作る開拓者の靴は、製造ラインが整っているので、サイズ情報がきちんとしていて、材料さえ揃っていれば1日もかからず作れる。

他の一般向けの守護の靴や開拓者の靴と作り方が同じ分業製作になってしまうが、結局、そう作るのが最も品質を高く作る方法なのだから仕方ない。


届いた図面を広げ、箱を開けて他の職人達が製作した枢機卿の靴を取り出す。


「すげえ・・・」


「きれい・・・」


それを見たサラやキリクから、思わず賞賛の声が出る。


それは靴というよりも、何かの美術品のようだった。

白く輝くエナメルのような表面の革には傷一つない。エナメルがこの世界にあるわけはないので、何らかの高位の怪物の革を、何かの方法で磨き上げたものだろう。

素材も加工方法も、まるで想像がつかない。

チープな感じは一切なく、魔力を持つ物品を目にした時のような何らかの力が放たれるのを感じる。また、要所に金や銀の糸で紋様を描く縫い取りがあり、象徴性をもたされているようだ。


俺は商売柄、靴の裏が気になるので、ひっくり返して底を調べてみると、靴の裏にも所狭しと様々な紋様が縫い取られていて、装飾と滑り止めの双方の役割を果たしているようだ。


だが、この靴には土踏まずをサポートするアーチはないし、踵部分に衝撃を減らすための仕掛けはない。それに左右の靴が同じ形をしているので爪先も窮屈だ。


この靴を履いていると疲れるだろうな、というのが俺の抱いた率直な印象だった。


ゴルゴゴを呼んで、早速、残りの靴や図面のサイズを測る。その結果は、驚くべきことに、というか予想通りではあった。


「ふん、この靴と図面、明らかに寸法が足りんぞ」


靴の中に突っ込んでサイズを測れる特別製の定規を持ち出して、いろいろと図っていたゴルゴゴが、鼻を鳴らして不満を漏らした。


「やはりな・・・。やってくるとは思っていたが、あからさまだな」


図面は2枚、靴は1足の寸法が、他と比較して明らかに小さい。

誤った情報を与えて、ニコロ司祭と俺達に恥をかかせるつもりだったのだろう。


「歴史ある工房の癖に、やることが小さい・・・」


もっとも、貴族お抱えの伝統ある工房からすると、この程度の嫌がらせは挨拶程度に過ぎないのかもしれない。


「とりあえず、時間がない。残りの情報が正しいものとして、作り始めよう。ゴルゴゴ、任せていいか?」


俺がそう言うと、ゴルゴゴは力強く請け合った。


「うむ。枢機卿様だろうが、作る靴も履く足も変わらんよ。足に合った良い靴を履かねば疲れる。そういうものじゃろう?」


今は、ただ、職人のゴルゴゴのマイペースがありがたい。

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