第172話 ジルボアの合意

「グールジンの件に加えて、もう1件、賛成してもらいたいことがある。実は、教会のためにも、新しく靴を作ろうと考えている」


そう切り出すと、ジルボアは直ぐに理解したようだ。


「例の開拓事業の件か」


「そうだ。教会が組織する開拓事業の指導団のための靴だ。今、教会と貴族が開拓に資金を流し込み始めているのを知っているだろう」


「ああ。その絡みの仕事も増えている。これは、以前、言ったかな」


俺は頷くと、先を続けた。


「本題は、その先だ。教会は領内の開拓を進めるために資金と人手だけでなく、専門家の指導を必要としている」


「それは道理だな。ど素人が集まっても烏合の衆に過ぎん。そんな連中が地面を引っ掻いたところで、資金と食料の浪費だ。しかし、あの自尊心の高そうな聖職者達に開拓事業の指導などできるのか」


「その指導の専門家の育成教育課程を、俺が作った。実際に指導もした。今後は、その教育課程を元にして開拓事業の指導団を育成するはずだ」


そう俺が答えると、ジルボアはしばし絶句した後、笑い出した。


「ははは、ケンジ、聖職者に指導までしたのか!それは、さぞかし見ものだったろう。聖人だけでなく、導師と呼んだ方がいいか?」


「よしてくれ、冗談じゃない」


俺が苦り切って答えると、ジルボアは笑みを浮かべて言った。


「つまり、その縁で靴を作って、売るわけだな」


「そうだ。開拓事業の指導団に、専用の靴を作るつもりだ。守護の靴よりは戦闘を考慮しない分、軽く、安く作れるはずだ」


だが、ジルボアは価格について指摘した。


「・・・ふむ。安く作れるのに越したことはないが、教会は金を持っているのだから、安売りすることはないだろうに」


その指摘は正しいが、これには戦略がある。


「いや、安く作れる分、利益がでる。その利益の一部を農村のために使いたい。そして、そのことを教会を通じて宣伝するんだ。この靴は開拓のための靴であり、その利益は農村のために使われる、と宣伝したい」


「・・・ずいぶんと変わったことを考えるな。それも宣伝の一種か。だが、農村の救済は領主や教会の仕事ではないのか?冒険者や街の住人のすることではなかろう?」


やはりジルボアは農村の生まれではないせいか。農村出身のサラには感覚的に理解できることが、どうも納得できないらしい。

主要株主に反対されては事業が始まる前から頓挫してしまうので、俺は別の角度から説明を試みる。


「あんたの傭兵時代に、隊の家族持ちの誰かが死んだときには、隊内で金を集めたりしなかったか」


「それは、あったな。傭兵をやってる奴なんてのは基本、独身(ひとりみ)だが、中には戦場についてくる酒保の女や娼婦と所帯を持ってしまう者もいた。そいつが死んだときは、隊内で兜を回して、銀貨を入れるんだ。それで、女は金を貰って村に帰って子供を育てる足しにするんだ。あれは・・・仕方ないことだが、憐れなものだ」


「そうだな。開拓事業の靴も、意味は同じだ。その靴を買うことは、農村のために金を集めることと同じなんだ。だから、その靴を履いていると開拓事業に協力している、という態度の表明になる」


そこまで言うと、ジルボアはニヤリと笑った。


「なるほど。教会のように出世競走の厳しい組織では、周囲に自分の態度や貢献度をアピールしなければならないな。当然、争って靴を買い求めるようになるな」


「そうだ。そして、聖職者は金持ちで、数も多い。教会を通じて、国中に売ることもできる」


ジルボアは、ますます笑みを大きくした。


「たしかに、早急に商売を大きくする必要がありそうだ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


こうして、俺はジルボアから、新商品の靴を開発すること、教会と組むこと、事業の拡大に賛同を取り付けることができたのだった。

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