第171話 冒険者の聖人
「お前は、頭はいい癖に、どこか遠慮した臆病なところがあった。だが、それがなくなっている」
ジルボアは俺を評して、そう言った。
「たしかに、そういう面はあったかもしれない。だが、もう違う」
「そうだな、そう見える。だから話に乗ろうじゃないか。今のお前なら、無謀に見える仕事もやり切れるかもしれん。もう少し計画の内容を詳しく教えろ」
俺はジルボアの要請に応えて、薄い板や羊皮紙に書きつけた計画書の一覧を見せつつ小一時間かけて工場設立計画について説明した。
資金計画書や工程表のような、この世界では初めて見るであろう書式の書類についてジルボアから質問もあったが、基本的には説明に疑義を挟まれることなく語り終えることができた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「驚いたな。いや、驚いたというより、呆れるな、ケンジ」
それが説明を聞いたジルボアの第一声だった。
「お前の頭がそこそこ出来がいいことは知っていたが、これは方式そのものが洗練されている。この書類一式があれば、私でも大聖堂が建てられるだろう。お前は一体、大工なのか、商人なのか、職人なのか。ケンジ、お前は教会で聖職者になった方が、位人身を極められるかもしれないぞ」
「よせよ、今でも教会から勧誘されてるんだ。お前まで言うと、冗談に聞こえない」
俺が否定すると、ジルボアは意外そうな目で俺を見た。
「なんだ、最近は冒険者ギルドに顔は出してないのか?」
「ああ。教会の仕事で長期間、街からでていたからな。何があった?」
「なに、兵団(うち)のキリクがな、事務所で酒を飲む度に、お前が司祭様にきった啖呵を繰り返すのさ」
「げっ・・・」
「あれは、あの風体で、なかなか人真似が上手くてな。お前と司祭様のやり取りを再現しては、喝采を浴びている。最近は、冒険者が集まる酒場でも出張してやってるらしいぞ。なかなか評判がいいそうだ」
「あいつ・・・!!」
どおりで、護衛の癖に、日が少し暮れただけでイソイソと事務所を出ていくはずだ。
俺とサラが2人きりになれるよう気を使っているのか、もしくは街で女でもできたのかと見逃していたのだが、そんなことしていやがったのか。
「ケンジ、今や冒険者達の間で、お前の人気はチョットしたものだぞ。聖人(セイント)ケンジ、なんていう呼び名でお前を称える冒険者もいるらしい」
「勘弁してくれ・・・」
俺は羞恥で頭を抱えた。
サラは肩を震わせて吹き出し「聖人(セイント)ケンジ!」と小さく叫んだ。
これは、当分は酒の肴だな・・・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある程度、笑いを納めるとジルボアは他の点についても問い質して来た。
「それで、グールジンはどうするつもりだ」
もう1人の主要株主である街間商人のグールジンは、同じ株主であってもジルボアとは立場が違う。ジルボアは剣牙の兵団の怪物討伐事業と、広告宣伝を通じて得たスポンサーからの収入で、団を賄っている。だから守護の靴事業から得られる収入はあまり重視していない。本業を支援する靴そのものが必要なので、最悪、靴の提供だけ受けられればいいという立場だ。
一方で、グールジンは街間商人として、守護の靴の他所の街への販売を一手に引き受けている。靴は軽く、他所の街の商品と競合しないので、街の特産品として高く売りつけているようだ。つまり靴の売値の上下は、彼の商売に直に響くことになる。
もし俺が靴の事業を拡大し、靴の取扱量が増えることで価格が下落するようなことになれば、グールジンの商売は大きな打撃を受ける。
それを避けるためには、グールジンは取扱量を拡大し、流通の独占を図らなければならない。
だが、直ちにではないにしろ、これだけの拡大路線についてこれるのか。
ついてこれないときに、反対をするのではないか。
そして、反対された時に俺はどのような手段をとるべきか。粘り強く説得するのか。株主を増やして議決権を薄めるのか。多数決で強硬採決するのか。
経営ビジョンの一致、と一言で表現できることであっても、株主にはそれぞれ立場があり、思惑もある。
なかなか一筋縄ではいきそうにない。
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