第173話 ジルボアの忠告
そろそろ剣牙の兵団の事務所を辞去しようと立ち上がると、ジルボアが忠告してきた。
「グールジンの説得には護衛を連れて行った方がいいぞ。なにか当てはあるのか」
俺は頷いた後に、ついでに聞いてみた。
「もちろん、護衛は連れていくさ。だが、グールジンの反応は正直、読み切れない。商売の拡大は街間で独占的に守護の靴を売買しているグールジンにとって、既得権に割り込まれたように見えるかもしれない。
靴の増産分の利益はアイツにも流れる筈だが、金勘定の計算で納得できる性格ならばいいが、感情的に拗れる可能性もある。ジルボアはどうみるんだ?俺は奴との付き合いが短くて、よくわからないんだが」
そう問うと、ジルボアは机上の羽ペンを弄びつつ、ゆっくりと答えた。
「そうだな・・・。あれでグールジンは100人からの隊商を率いている身だ。もしグールジンが感情的に振るまっているように見えたとするなら、その理由は感情ではなく面子(めんつ)の問題だろう」
「面子か」
と、意外な言葉に俺が戸惑っていると、ジルボアは繰り返した。
「そう。利益と面子だ」
確かに、傭兵や冒険者は舐められたら終わりの商売だ。
面子を潰されたと思ったら、あらゆる打算を超えて報復してくるかもしれない。
俺は面子なんてものには価値を感じないが、グールジンは商人であっても元冒険者で、元冒険者の部下を多数抱えているのだから、その価値観で生きているのだろう。
グールジンとは利益を提供することで妥協点を探ろうと考えていたのだが、説得の方法は、少し考え直した方が良さそうだ。
いつまで経っても、トラブルの種は多く、考えることはそれ以上に多い。
「どうにもトラブルが減らんな」
と、思わず口に出てしまった。
それを聞きとがめたジルボアは、笑って論評した。
「ちがうな。トラブルを引き起こしてるのはお前さ。お前は、自分は平凡でございますという顔をして、いつも臆病に振る舞っているくせに、常にトラブルを起こして来た。そうしてトラブルを解決するために、より大きなトラブルを起こしているんだ」
不本意な言われように、さすがに俺は反駁した。
「俺は問題を解決したいだけだよ。そのために、いつもその場その場で知恵を絞って来ただけだ」
だがジルボアは、さらに笑みを深くして、付け加えた。
「それこそが、トラブルの種なのさ!これは褒め言葉で言っているのさ、ケンジ。
凡人は普通、トラブルを解決しようとしたりしない。遠ざかるか、状況に適応しようとするものさ。
だが、お前は違う。トラブルそのものを、この世からなくそうとする。
つまりお前も、この世の中を自分の思うように変えたい、と考える人間の側に来た、ということさ」
未来の英雄から、そう評されて俺はますます居心地が悪くなった。
「よせよ、俺はそんな柄じゃない。ただ、目の前の問題が気になって気になって仕方ないだけだ」
俺は否定したが、ジルボアは一向に構わないようだ。
「ふふ、そうか。まあ、資質というより呪いかもしれんな、だが、そういう頭のおかしい生き方をしている人間を、人は時に英雄と呼ぶのさ。それだけは、憶えておくといい」
未来の英雄の忠告は、耳に痛かった。
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