第162話 株式会社の社会的責任

街に戻って半月程が過ぎ、2等街区にある助祭達の教育に使用していた教会へ呼び出された俺は、ニコロ司祭と対峙していた。

多少の期間が空いたのは、助祭達の報告書が何がしかの影響を与えたからだろうか。

挨拶もそこそこに、ニコロ司祭は切り出した。


「助祭達からの報告は受けている。そなたの所見を聞かせてもらおうか」


「はい。クレメンテ、アデルモ、ミケリーノの3名の助祭様については、開拓事業のリーダーとして教育が修了したものと考えます。また今回の教育期間を通じて、講義内容と資料について私の方でもかなりの修正を行いました。これにより、教会での継続的な開拓事業のリーダー育成に一定の目途がついたものと考えます」


「ふむ。若い者の成長は早いと言うが、これだけの短期間で彼らは随分と変わったようだ。報告書の文面からも、細かな配慮と情が感じられるようになっておる」


「おそれいります。彼らの努力の結果ございます」


そう言うと、ニコロ司祭は顎を指で撫でながら少し思案顔になった。


「今後の進め方について、何か考えはあるか」


「ございます。3名の助祭を、今後は別の経験をさせることで専門家として育成すべきと存じます」


「ほう」とニコロ司祭は興味を引かれたように先を促した。


「私の見るところ、クレメンテ様は声が大きく積極的な態度で人を率いることに向いておられます。現場の教育者や実行の指導者として育成されるべきと思います。アデルモ様は計数の才に秀でておられます。報告書の数値や実際の帳簿などの分析や監査をする道を進まれるべきかと思います。そして、ミケリーノ様は非常にユニークな方です。あの方の知性の自由闊達さを生かす道があればと思います。差し当たっては、クレメンテ様やアデルモ様の相談役として役割を固定しないのが良いのではないでしょうか」


「人物鑑定と育成にまで口を挟むか。不敬なことだな」


ニコロ司祭は、文言とは裏腹に愉快そうな口調で続けた。


「あの事例(ケース)学習とやらについては、どう変えるか」


「はい。まず複数の事例を用意します。また手元にある情報の信頼性について検証する必要性と方法についても大きく時間を取って記述します。事業後の体制やリスクについても別途事例を作成します。現地への経験と訪問についても、事例と合わせて実施し、報告書についても写しを作り教会で共有すべきと考えます」


「どの程度で新しく事例を作成できるか」


「1月もあれば」


「それを誰が教育するか。お前が引き続きやるのか」


「怖れながら、私は部外者の身。それに今回で教え方については一通り、お伝え出来たと存じます。今後は3名の助祭様達が教えに立たれるべきかと思います。教える経験を積むことで、教わることの数倍は学ぶことができるものです。私は別の形で開拓事業に関わりたく思います」


「別の形とは」


「開拓者の皆様に靴を提供することでございます。その利益の幾分かで村の困窮している者達を事業に雇いたく思います」


「靴の件については助祭達からも聞いている。今回の報酬として教会で採用するにもやぶさかではない。だが、利益を喜捨するというのか。殊勝ではあるが、らしくはないな」


手応えとしては悪くない。だが、ニコロ司祭からすると、せっかく事業で得た利益を慈善に使うという発想がよく理解できないようだ。この世界ではまだ、CSR(シーエスアール)という概念がないようだ。

理解されるかはわからないが、その理由について説明を試みる。


「事業は世の中の多くの人に支持されてこそ、継続できるものです。私の靴事業は、冒険者達が主な顧客です。彼らの多くは農村の出身です。農村を開拓する事業者が使用する靴は、冒険者になろうとする農村の者達が最初に目にする靴となりますし、購入することで農村に利益があると思えば、彼らも私の事業をより支持してもらえるようになるでしょう」


そこまで言ってから、一度区切って、付け加える。


「それに、教会の祝福が加われば、より靴が売れるではありませんか」


「こやつめ・・・」


ニコロ司祭は、唇を歪めると哄笑した。

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