第161話 ルールを変えろ

それから数日間、村に滞在して昼は調査、夜は議論する、ということを繰り返した後、街の教会へ帰還する。

滞在中、サラは小作農家のところに何度も訪問していたらしく、懐いた子供達が泣きながら手を振っていた。


たった数日間の経験ではあったが、助祭達の気持ちのありようには大きな影響があったようだ。

往路では歩いての移動や食事にこぼしていた不満が、復路では全く見られなかった。


「このいただいた靴は、大したものですね」


ミケリーノ助祭が、歩きながら話しかけてきた。

俺が助祭達に提供した靴は、彼らの調査行にしっかりと貢献していた。

農村への往復はもちろん、農村の中でも主要な生活道を逸れれば、藪や岩場など荒れた場所はいくらでもある。

今回の調査では、そういったところまで踏み込むことがあったが、靴のお陰で、そういった場所に躊躇なく踏み込んで行けたし、怪我をすることもなかった。


「そうですね。野外を歩いて、戦う冒険者の為の靴ですからね」


調査も終わり、精神的な余裕が出てきたからだろうか、助祭達にも、自分達が、どういったサポートを受けてきたのか、ようやく気にすることができるようになってきたようだ。


「今後、事業開拓に従事する人達は、この靴を購入するようニコロ司祭には具申しますよ」


何を思ったのか、彼は、そう言いだした。実際、その需要を狙ってはいたが助祭達から言いだされると、少し調子が狂う。


「急に、どうしたんですか?」と聞くと


「その収入で、あの村の子供を雇えるのでしょう?」


との答えが返ってきた。


あまり考えたことはなかったが、この靴の売上の一部は、恵まれない子供の雇用促進等の慈善事業に使われています、というやつか。

教会相手に商売をしようと思うのなら、そういった切り口も有効なのかもしれない。


会社(うち)の工房では、株主である剣牙の兵団や街間商人との間で売上や利益を公開する必要があるので、帳簿はしっかりとつけてある。教会と提携し、靴の売上の一部で慈善事業のキャンペーンを張る、ということは可能だろうし、守護の靴のイメージを、より向上させるに違いない。


守護の靴は戦闘を意識して爪先などに頑丈な革を使用しているが、少し軽量な種類の靴を、そろそろ増やしても良い時期かもしれない。

廉価版というより機能別の靴という形になるので、駆け出し冒険者向けにブランドイメージを落とさずに製品を展開する、ということにも役立つ。

この方向なら、利益に煩い株主達も反対しないだろうし、貴族達の権益を侵す恐れもない。


急に黙り込んで考え出した俺を不審に思ったのか、ミケリーノ助祭が顔を覗き込んできたので、俺は慌てて礼を言った。


「いや、大変参考になります。ぜひ、お願いします。私からもニコロ司祭に相談してみるつもりです」


「そ、そうですか。そこまで言っていただけるのは恐縮です」


俺が歩きながら、今、思いついたキャンペーンの詳細を検討し続けていると、サラが声をかけてきた。


「ケンジ、何か吹っ切れた顔してるよ?」


確かに、言われてみれば随分と気分が晴れていた。


ここ数日は農村の現実にすっかり打ちのめされて、自分にできることの限界を思い知らされる気がしていた。

だが、自分が手掛けている靴の事業を軸に考えるならば、慈善事業のキャンペーンのように、彼らのためにできることは他に幾らでもある。そう気づいたからだろう。


この世界の貴族や聖職者の真似をして、同じルール内で検討しても回答は見つからない。

ルールを変えるんだ。そう、俺は自分に言い聞かせて歩き続けた。

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