第142話 全ての冒険者に安らぎを
数日後、俺とサラは剣牙の兵団のジルボアの元を訪れた。
もちろん、今回の件について、丁重に礼を言うためだ。
「酷い目にあったぞ」
そう言うと、面倒事を押し付けた自覚はあったのか、ジルボアは苦笑しながら手ずから茶を淹れてくれた。
「あのニコロって司祭は、どうも苦手でね。それに、彼とケンジは、話が合うと思ったのさ」
「まあな」と応じる。確かに、あの手のタイプは嫌いじゃない。なにせ、話が通じるのが良い。もっとも、今回の場合は、話が通じすぎるのが問題だったのだが。
どこで知り合ったのかと聞けば、剣牙の兵団は、最近は教会から依頼をうけることも増えているのだという。その理由は、教会の開拓事業への傾倒にある。教会が水源地から水路を拓き、ため池を作ったり、河川の傍に水車小屋を造成する事業を進めるにあたり、水辺周辺の怪物を一掃する必要があるからだと言う。
「水源地や河川の畔は足場の悪い場所が多い。今までは、そういった依頼は避けていたのだがね。この靴を団員の全員が履くようになってから、状況が変わったのさ」
そう言って、ジルボアは自慢の特別製の守護の靴を指さした。
「実際、この守護の靴は大したものだ。行軍のスピードは明らかに上がったし、水で濡れて滑りやすい岩場や、川の苔むした石の上でも地面をしっかりと掴んで離さない。だから、武器を強く振れるし、盾で攻撃を受け止める隊形も崩れない。転んでつまらない負傷をすることもない。お前の事業に投資したのは、当たりだったよ」
と、笑った。
「そうかい。だが、まだまだこれからだよ」
と俺は肩を竦めて答える。守護の靴は、生産が順調に推移している
とはいえ、まだまだ高価で、中堅以下の冒険者達に行き渡る日は遠い。
「ところで、司祭殿との対面は結局どうなったんだ?」
とジルボアが聞いてきたので、大体の顛末を話した。
護衛をしていたキリクから報告を聞いているかもしれないが、奴では、あの内容は正直、理解できていなかっただろうから、俺から直接報告する。
会談の内容は密度が濃く、多岐に渡った。
報告書の代筆がバレていたこと。貴族達の間で開拓熱が高まっていること。教会が伯爵に資金を融資するために来たこと。街の冒険者ギルドの成功例が、王国に成長の夢を見せ、冒険者に銅貨が流れ込んで来そうなこと。そして、俺が聖職者に誘われ、断ったこと。そこまで話したところで、
「なんだ、断ったのか」とジルボアは少し驚いたように言った。
「聖職者って柄じゃないんでね」と俺は照れ隠しで悪態をついた。
ニコロに切った啖呵を繰り返すなんて恥ずかしい真似はできない。
「結構、心が動いたんじゃないの?」そう言って、サラはニヤつきながら俺の肩をどやしつけた。
「それと、今すぐではないが教会との間に冒険者への協力をとりつけた。具体的には、冒険者ギルド近くの教会で、冒険者の治療に便宜を図ってもらうこと、冒険前に祝福をかけてもらえること、そして冒険で死んだ者達のための共同墓地を、教会の敷地に提供してもらえることになった」
それを聞いたジルボアは背筋を伸ばし、しばし目を閉じて何かを堪えるような表情で上を向いた後、俺に向かって深く礼をした。
「な・・・「ケンジ、よくやってくれた。これで多くの仲間たちの魂は救われるだろう」
驚いたせいで、ジルボアの言葉を否定しようと思ったが、冒険の中で散った仲間たちの顔が目に浮かび、否定的な言葉を俺に吐かせなかった。
「そうだな。きっと、彼らの魂は救われるだろう」
救われてほしい、そう思った。
魔法が存在する世界なのだから、神がいて、魂の救いがあってもいいではないか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、枢機卿づきの司祭であるニコロは約束を守った。
それから数日のうちに、教会内の敷地が冒険者のための共同墓地として提供されることが発表され、街の冒険者ギルドと教会の強い結びつきを内外に示すこととなった。
冒険者ギルドを所管する貴族は、教会の横やりに不快感を示したものの、冒険者の支援は事業の拡張に役立つということで黙認し、貴族側でも支援の施策を検討すると発表された。
そのように、ニコロが約束を守ったのだから、俺の方でも約束を守らなければならない。
守護の靴の事業に本腰をいれつつ、ニコロ本人か部下のためのテキストを用意しつつ、その月は暮れた。
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