第141話 交渉の終わり

このまま交渉の主導権を取られ続けるのは不味い。

流され続けていると、気がつけば、坊主になってニコロの部下として貴族との交渉の前面に立たされている、などという境遇になりかねない。


「こちらからも、ニコロ様に提案がございます。事業の手柄は全てニコロ様の派閥のものになり、またノウハウを独占できる道でこざいます」


「ほう」と、ニコロは少し興味を持ったようだった。


「まず、私としては事業のノウハウを独占する気はございません。ニコロ様もしくはニコロ様の選ばれた者に、個別に方法を伝える意思がございます。その先に、成果をどのように用いるかは、ニコロ様に一任したいと存じます」


「なるほど」そう言ってニコロは目を閉じた。おそらくは、それにより強化される自派の勢力や、その影響を考えているのであろう。


「して、その代償は?そなたは何を望む?」


「冒険者への教会の祝福です。冒険に出る者達、冒険で死ぬ者達に、せめて神の祝福を授けてやりたいのです」


「ふむ。具体的には?」


「冒険者ギルド近くの教会で、冒険者に治療の便宜を図り、また冒険に出かける冒険者に祝福をいただくこと。また、冒険者の為の共同墓地を教会所有の土地の中に設けていただくことです」


そう言い切ると、ニコロは驚いたようだった。


「それは、冒険者の利益であって、そなたの利益はないではないか」


俺は、二コリと微笑んで言う。


「ニコロ様、事業はノウハウを学んだだけでは、上手く回らないでしょう。現在、貴族たちが苦労しているのを見ても明らかです。その際に身分保障の費用なく雇える、有能な市井の元冒険者は必要ありませんか?」


そう聞いて、謹厳な表情を崩さなかったニコロは、ついに大笑した。


「くっくっくっ。その者を雇うには、なかなかに高くつきそうだな」


「いえいえ。その者はニコロ様のため、身を尽くして働くでしょう。それに、多少高くついたとしても、幾らでも取り返せるではありませんか」


「確かに、幾らでも取り返せる、な」


そう言って、ニコロは笑いを納めた。


「ケンジよ、お前は本当に聖職者になるつもりはないのか」


それについて、俺に迷いはない。ニコロの目を見て胸を張り答える。


「はい。私は市井に生きる塵芥の一人として、冒険者として、仲間と共に生きたいと思います」


それを聞いて、さすがにニコロは諦めたようだった。


「ふむ、惜しいな。もし気が変わることがあれば、いつでも私のところに来るがいい」


そう言って、サラサラと羊皮紙に何かを書き、近くに置いてあった金属製のメダルと共に渡して来た。


「お前の提案を、しばし教会内の討議にかける。対抗する派閥の者どもがまたぞろ煩く騒ぐであろうが、落ち着いたら、人をやる。1月はかからぬだろう。準備して待つように」


これで、長くに続いた会談は終わりのようだった。

ふと、それまで机に座り書類を書いていたニコロが立ち上がり、こちらに近付いてきた。

意外に背が高い。俺よりも少し視線が上にある。


ニコロは懐から小さな革袋を取り出し、銀色に見える粉を一掴みすると、俺に指を向けて何やら口の中で呟いたようだった。同時に、体が、カッと熱くなる。


「ケンジ!」サラが悲鳴をあげる。


俺はこの感触を知っているので慌てることはなかったが、ただ驚きがあった。


「ケンジよ、これでお前の足は癒えたはずだ。冒険者を名乗るものが、足を引きずったままでは外聞が悪かろう」


「ニコロ様・・・」この治療は、足を負傷した時に高額で諦めたものだ。相当に高位の魔法のはずだ。


「なに、今日の問答はなかなかに楽しめた。ささやかな礼だ。また連絡をする。下がってよい」


それだけ言うと、机に戻りニコロは書き物を再開し、こちらに顔を向けることはなかった。

そのまま、別の聖職者に案内され、俺達は大聖堂近くの宿舎を出て、1等街区の門へと向かった。


本当にしんどい相手、タフな交渉だった。ジルボアの奴、これを見越して俺に丸投げしやがったな。後で、必ず文句をつけないと、俺の気がすまない。


「え?ちょっと、このまま帰っちゃうの?枢機卿様は?貴族様は?この衣装、お金かかったんだから!」


今日こそは、劇団のスポンサーを捕まえようと張り切っていたアンヌだけは悲鳴に似た声をあげていたが、疲れていたので相手をする気力が湧かなかった。


後で宥めるのは、いろいろと大変そうだ。

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