第十一章 農村の支援を通じて冒険者を支援します

第143話 農村の税は増えないか

俺が昼は靴の事業に走り回り、夜は獣脂の灯を頼りにニコロのためのテキストを事務所の机で書いていると、サラが、茶を淹れつつ聞いてきた。


「ケンジ、それ司祭様に言われてやってるのよね」


「そうだな。だが仕事にもなるから、その準備だな」


「私、ケンジと司祭様のお話は難しくてよくわからなかったんだけど、今の仕事で冒険者のみんなの暮らしが良くなるの?」


俺が頷くと、少しだけ躊躇った後、聞いてきた。


「農村の人達の税金があがったりしない?その、領主様の賦役とかが増えるんじゃないかって心配なの」


サラに言われて考えてみる。そういった事態が起こらない、とは言えない。俺が計算する限りでは、投資対費用の良い土地を判別評価し、そのための費用は積んだ上で利益のでる事業計画を選択し、進めることになっている。


だが、現地の領主がそのための費用を節約して、懐に入れようとしないとは言えない。そんなことをすれば長期的に農村は荒れ、利益は減るのだが、短期的利益のみに目が眩む輩は、どこにでもいるものだ。


これからもサラを連れ歩く以上、その実態は嫌でも目に入ることになるだろう。ウルバノの時のように、世の中の弱者にとっての不条理さを目にした時に激発しては、今度こそサラの命が危ない。だから、俺は正直に話すことにした。


「あり得るな。開拓は労役の一部だ、と主張して実質的な増税をする貴族はいるだろう」


「だったら・・・!」とサラが言いかける。冒険者の暮らしを良くするために、農村の暮らしを貧しくさせる。そんな弱者の喰い合いのような事業には賛成できないのだが、言って良いものか躊躇っているのだろう。


「だが、そんな奴には金を貸さない。俺が制度を整える。農民の暮らしも良くする領主には金を貸す。悪くする領主には金を貸さない。そういう基準をつくる」


サラは、目を瞬(またた)いた。


「そんなこと、できるの?」


「できる。そして、それができるのは、制度を始めた今だけなんだ。全体像を理解しているのが俺だけのうちに、基準を作ってしまうつもりだ。それが当たり前の常識になるように、賛成してくれそうな司祭様の派閥をサポートするんだ」


「・・・ちょっと、よくわかんない」


元の世界で言う、デファクトスタンダードの概念だ。簡単に言えば、その業界の標準的なやり方を決めてしまおう、ということである。

サラが理解できないのなら、ニコロ司祭はともかく、彼が連れて来る人間にも理解できないかもしれない。少しわかりやすく説明してみる。


「サラは、今も駆け出し冒険者のツアーをやってるよな」


「そうね、週の半分だけはやってる」


「どんな風にやってるか説明できるか?」


これは以前に剣牙の兵団のところでもやったことだが、自分のしている仕事を口頭で説明させることで、どのように仕事の全体像を理解しているか測ることができる。


「冒険者ギルドに行って、見ない顔を見つけたら声をかけたり、あとは顔見知りから声をかけられたりして予約票を配るの。最近はツアーの回数が減ってるから、あっという間にスケジュールが埋まっちゃうの。


それから、冒険者ギルドで待ち合わせして、簡単な依頼を受けてもらう。そして、依頼に必要なものを一緒に考えて、買い物のコースを回って、交渉して、値切って、冒険に送り出して、帰って来たら冒険にかかった費用を一緒に計算して、費用を払って、報酬を平等にわける」


サラは、途中で少し説明につかえながらも、実際の流れを思い出しつつ説明を終えた。


「今の仕事の仕方は、どうやって決めたんだ?」


「そりゃあ・・・ケンジがそうやって上手くやってたから、ってそうね!つまり最初にうまくやった人がいたら、後の人は真似をするわね!」


「その後、冒険者ギルドの職員も似たことをやったろ?だけど、失敗した」


「だって、あの人たちのやり方って冒険者にとって不便だったもの。そう、それが悪い領主様ってことね!」


理解できて喜んでいるサラには言えなかったが、失敗とは農民の生活の破壊である。新しい試みである以上、失敗は必ずある。

だが、そうした悪い領主には徹底的に恥をかいてもらうつもりだ。失敗事例として教会の力を使って広く王国中に触れ回ることを予定にいれている。


サービスを真似して失敗した職員がギルド内で肩身が狭くなったように、悪い領主には貴族社会で肩身が狭くなってもらわなければならない。


多少は教会と貴族の仲が悪くなるかもしれないが、ニコロ司祭はそのあたりも上手く政治的な力に変えてくれるだろう。

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