第137話 報告書の波紋

司祭のニコロは、ふと、夢から醒めたように目を開き俺達にソファに腰掛けるよう促した。


「ケンジ、この報告書が何をもたらしたか知っているか」


「いえ、一介の庶民である私には・・・「そういうのは良い。思うところを言え」


言葉を濁そうとしたのだが、ニコロは苛立ったように遮った。

逃げを打つことは許されなさそうだ。仕方ない。


「おそらくは、貴族様達の間で、領地開発の熱が高まることでしょう。それも、財産と目端の利く家臣を抱えた大身の貴族様の家から」


「さよう。その動きは既に始まっておる。だが、実際の業務を動かすことのできるものがおらん」


「さようですか」と意外そうに答えてみる。


「さようだ」そう言って、面白くもなさそうに、ニコロは続ける。


報告書から理屈がわかることと、実際に運用する難しさは別だ。

貴族の文官たちに現場で冒険者への依頼をどのように処理しているのか理解できるものがおらず、苦労していることだろう。

この街でも、ギルド倉庫のゴミを片づけ、捨てることから始めなければならなかった。当然、そのことは報告書には書いていない。


「冒険者の依頼を整理する基準について、お前は書いていたな。利益とコストに基づいて依頼の優先順位を変えろ、と」


「はい、確かに」と答えながら、その口調と雰囲気に何か危ういものを感じた。俺は問答の行き着く先を探る。要するに、何が言いたいんだ?


「これまでの依頼は、権力、費用、日付で決まっていた。だが、土地の価値をいかに高めるか、という基準に変えろと、お前は報告書で主張している。実際に、その報告書の通りに冒険者ギルドを運営し、利益も出した」


「はい」つまり、何が言いたい?


「これは依頼に関する貴族達の命令権の部分的な否定と受け取られる。また、土地の価値を査定することは徴税権への介入とも受け取れる」


「そのような意図は・・・「お前に、その意図があろうとなかろうと、どうでもよい」


と、また遮られた。人の話を遮るの好きだね、この男。


「開発が思うに任せない貴族の中には、そのように人の足を引っ張る主張へ転じた輩もおる、ということだ。だが、それは少数派だ。多くの貴族たちは、自己の領地を富ませるべく、動き出しておる。それで、何が起きているかわかるか?」


「農地を開拓する人手が不足します」


「うむ。それから?」


なんとなく、この問答の行方がわかってきた。


「冒険者のなり手と人手が不足します」


「そうだな。それから?」


「人を雇う費用が上がり、金銭が不足します」


そう答えてから、目の前の男の意図に気がついた。


「つまり、枢機卿とあなたがこの街にいらっしゃったのは伯爵に開拓の金銭(かね)を融資するためなのですね」


「そうだ。随分と正解にたどり着くのに時間がかかったな。まあ、この事態を引き起こした人間を、この目で見たいと思ったのも事実だがな」


そう言って、初めてニコロは相好をくずし、ゆっくりと頷き


「ところでケンジとやら。聖職者になる気はないか?」


至って真面目な顔で、そう言ったのだった。

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