第136話 美しい線

ウルバノ経由で提出した報告書は、王国の冒険者事業を所管する貴族に渡ったはずだ。

そこまでは、調査ができている。

なぜ、このニコロという司祭が、俺の報告書を持っているのだ。

貴族と教会では、指令系統が全く異なるので、教会に報告が行くはずはないのだが。


「こちらの報告書は、冒険者ギルドの事業に関する報告書の写しでございますな」


とにかく、時間を稼ぐ。少し考える時間が欲しい。


「確かに、この街のギルドにいらっしゃるウルバノ様に申し付けれらまして、資料集めなどを、お手伝いさせていただきました」


正確にはサラも手伝っているが、伏せる。トラブルに巻き込まれるのは自分だけでいい。

ある程度の調べは事前についているであろうから、嘘をつかない程度に、婉曲に事実を曲げて説明する。


「ウルバノには、会った」


と顔の表情を全く動かさずに、ニコロは言った。


「さようです・・「あれは、アホだ。この報告書はあいつには書けん」


俺の言葉を遮り、ニコロは断言した。


「あの報告書には、神書につながる美しさがある。論理がある。明快な秩序がある。あの男には書けん」


唐突な褒め言葉と奇妙な表現に俺が言葉に窮していると、ニコロは続けた。


「別に、そのことを糾弾するつもりはない。平民の成果をとりまとめて報告するのは貴族の器量だ。ウルバノは、お前をよく用いた。それだけだ。だが、この際、報告書を書いたのが誰かを知る必要があるのだ」


こと、ここに及んでは隠し立てをしても仕方ない。

それに、俺はこのニコロという無愛想で、ときおり饒舌になる奇妙な男が気に入り始めていた。

何というか、目的のためなら何でも用いるという、仕事ができる男に特有のせっかちさがある。


「はい。隠し立てはいたしません。その報告書の原文を書いたのは私です」


素直に答えたのに「そうか」とニコロの返事は素っ気ない。


「報告書の7章の21ページ目に、領地の収益予測と獲得領土の広さに関する記述があるな」


報告書を開くことなく、ニコロは言った。

定期報告の第四報だから・・・と俺も思い出しながら言う。


「ありましたね。今後、冒険者事業の継続的育成を通じて、街周辺の領土開拓が、どの程度成長するかという予測でした」


「あの、ぐらふ、という線を信じるのならば、25年も経てば領土の価値は倍になるという」


「なりますね」


25年で倍というと大きく聞こえるが、年平均でならすと3%程度である。

冒険者事業を土地開拓の不動産サービスととらえて、怪物の討伐により土地の価値を最大化するよう事業を運営すれば、その程度は絶対に成長する。

そう考えて、俺はグラフを引いたのだ。


もっとも5年程度しか引かなかったハズなので、それほど目だったグラフではなかったはずだが、この計数に優れた男は見逃さなかったのだ。


「それで、王都の上層部は色めき立った」


「はあ」


「わかっておらんようだな、ケンジとやら。土地持ち貴族からすると、この報告書と、それを書いた者は金の卵なのだ」


「そうは申されましても、それは、しょせん紙の上の話です。平民のたわ言かもしれませんし・・・」


「そうだな。その手のハッタリは出世のための常とう手段だ。嘆かわしいことだが、貴族とはそういうものだ」


そう言うと、ニコロは一旦言葉を切り、目を閉じて呟いた。


「だが、あの線は美しかった」


俺達は、この奇妙な僧の男に、どう対して良いかわからず、黙って立ち尽くしていた。

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