第121話 報告書に乗る
ウルバノは、どれだけ教えても、物覚えが悪くイマイチ納得していない顔で報告書を受け取った。
まあ、今はそれでいい。その報告書の役割は別にある。
◇ ◇ ◇ ◇
さらに3カ月が経った。
俺は靴の事業を進めるとともに、冒険者から情報を収集し、報告書の形で定期的にウルバノへ冒険者事業の報告を届け続けている。まわりくどく、すぐに効果がでる話ではないが、何かアクションがあってもいい頃だ。
ある日、そろそろかな、と冒険者ギルドに顔を出した俺達を、ウルバノはこっそりと二階の応接室に招き入れ、挨拶もそこそこに依頼してきた。
「剣牙の兵団、ケンジとやら前回の報告書、あれはなかなか興味深い内容であった。あれを、また出せるかの」
なにが興味深い内容だよ。お前、あれから3回説明しても、ろくに理解しなかったじゃねえか。
という心の声は押し殺して、俺は笑顔で応じた。
「それは良かったです。ウルバノ様のお役に立てたようで。私共も別の事業を抱えております。ただ、報告書の作成には、かなりの時間がかかっております。1月に1回と回数を定めて提出させていただくのはいかがでしょうか?もちろん、ウルバノ様の方に出させていただきます」
「う、うむ。そうであるな。報告書はもちろん、自分のところで受け取るのが適当であろう。ケンジよ、次の報告書も頼むぞ」
「わかっております。また、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
以下の諸々の事情は、冒険者ギルドを所管する貴族を調査する過程で、ジルボアやスイベリーの義父から漏れてきたものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺がウルバノの手柄となるよう作成した冒険者の現状に関する報告は、それまで統計的に冒険者の実態を掴んでいなかった冒険者事業にとって画期的なことだったようで、組織を上へ上へと昇っていき、王都の貴族様まで回覧あそばされたらしい。
そのため、この報告書について上の方から街の冒険者ギルドへ、支所のギルド長から大変なお褒めの言葉があり、この報告書を作成したウルバノという切れ者は誰か、という話になったそうだ。
俺も、報告書がある程度は上の方に届くを予測はしていたが、ここまで劇的な効果をあげるとは思わなかった。
おそらく、俺が自重なく使用した図表や棒グラフ、円グラフなども効果が大きかったのかもしれない。
たしか現代世界ではナイチンゲールが赤十字のパトロンの貴族を説得するのに使用していたような記憶があったが、要するに、ビジュアルを重視した報告書はインパクトがあったということだ。
これで、街の冒険者ギルドの冴えない中間管理職だったウルバノは、王都の貴族様からもお褒めの言葉を与った有能な若手官僚という評判を得ることになったそうだ。
当然、王都にまで名声が響く切れ者文官、としての中身がまったく追いついていないウルバノは、なんとか上辺を取り繕い、引き続き俺達に報告書を出すように依頼してきた、というわけだ。
俺は何食わぬ顔で了承し、新しく報告書を作成し、提出する。
こうして俺は切れ者の若手文官ウルバノの外面を守ってやりつつ、出世を助けているわけだが、その隠れた意図にウルバノは気づいていない。それは、気づかなそうだからウルバノを選んだという側面もある。
実は、報告書の中に少しずつ、俺が意図する冒険者の死傷率の高さによる社会的、経済的損失に関する懸念や、それらを改善するための施策を、切れ者の若手文官ウルバノの意見として盛り込んでいるのだ。
ある時は、報告書の中に1年間の駆け出し冒険者の死傷率、という指標を盛り込んでみて、それに文句が出なければ次の報告書でも、しれっと重要な指標であるかのように、冒険者事業の収益率などの貴族様が気にする経済的な指標と並べておく。
そうして、冒険者の生命を尊重する基準の既成事実化を図っている。
ウルバノは、俺の意図には気がつかず、この街の冒険者ギルドの中でも報告書を自慢し、会議などでも使っているらしい。
奴からすると、これまでさんざん仕事ができない、無能だ、と自分を蔑んできた上司、同僚、部下を見返せる、またとない機会なのだろう。
俺が乗せた意見を、何の疑いもなく、むしろ嬉々として自分の意見であるかのように同僚に開陳しているらしい。ご苦労なことだ。
ウルバノにとって、正しい意見とは同僚をやり込めることができ、自分のプライドを満たしてくれるのが、優れた意見であり、それは王都にまで届いてお褒めの言葉をいただいた報告書の内容であろうが、実は俺の見解でもある。
俺が今、報告書の提出を通してやっていることは、都合の良い情報を官僚組織の報告経路に乗せて、王国の冒険者事業に関する意思決定に間接的に介入する、という試みだ。
人間や組織が意思決定をするとき、どのような情報がインプットされているか、ということは意思決定に非常に大きな影響を与える。
俺は冒険者ギルドを所管する貴族や、冒険者ギルドの職員にはなれないが、冒険者ギルドの実態を報告する神経にはなれる。そうやって、現場の痛みを、連中が理解できる経済的な内容に変換して、インプットとして伝える。
今すぐに効果が出る内容ではない。ただ、今は焦らずに、できることだけを続けていく。
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