第120話 説得と共感

ウルバノに会った印象は、最悪だった。


こいつ、本当に仕事できねえな、と。仕事に対する能力も意欲もまるで感じられない。

基本的に俺は仕事が好きなので、仕事が適当な人間を見ると怒りがこみあげて来る。

だが、情報収集をしたウルバノの経歴を見ながらふと思ったのだ。


きっと、こいつは仕事ができないと、ずっと言われ続けてきたのかもしれないな、と。


いったん、自分の感情は横において、自分がウルバノになった気持ちで考える。

マーケティング手法風に言うと、ペルソナ・マーケティングというやつだ。


ウルバノは、どんな人生を歩んできて、どんなことに価値を感じるのだろう。


貴族階級が平民と比較して恵まれていると言っても、貴族階級の中では、やはり競争がある。

人間は周囲との比較の中で価値を感じる社会的生き物であるから、貴族は貴族の中でも比較されるものだ。

基準は様々だ。血筋が優れているか、財産を持っているか、そして能力が優れているかどうか。

その中で自分の適性や社会的位置を確認し、貴族としてのキャリアを築いていくのだろう。


ウルバノは腕に自信があるタイプではないだろうから、文官としての出世を目指したのかもしれない。

だが、結果は今の通りだ。わりと年齢がいっているものの、地位は冒険者ギルドという貴族的にはパッとしない事業の冴えない管理職。いまだに一族の屋敷から出て一家を立てることもできず、結婚もしていない。結婚できるだけの収入がないか、貴族内での評判が悪いのかもしれない。


高級娼婦に入れあげている、との情報もあるが、仕事をすることによるストレス、というよりは一族の中で立ち位置がパッとしないことや、ギルド内での仕事が面白くないこと、そして、そんな現状を変えられない自分に対する苛立ちが、奴を女に走らせているのかもしれない。

面会時に大勢の部下を連れてきたのも、こちらを威嚇すると共に、問題を全て部下に投げることで自分が仕事ができないことを隠す、防衛的な反応だったのだろう。


哀れなもんだな、と少しだけ、俺はウルバノに同情してしまった。

誰だって、周囲の人に認められたい。これから人生が良くなる、と思いたい。そのために頑張りたい。そう思うはずだ。

だが、ウルバノには、多少の安定がある代わりに、希望がないのだ。

少なくとも、本人の、主観的には。


こういう人間は、汚職に走りやすいものだ。だが、俺はウルバノを立ち直らせてやろうと思う。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


数日後、俺とサラは準備を整えて、再びウルバノと冒険者ギルドで面会した。


前回のことで害がある人間とは思われなかったようであるし、ウルバノを特に指名したので今回は大勢の部下を連れて来るようなことはなかった。


まあ、前回は舐められないように剣牙の兵団の名前を前面に出したたので、相手方が怖れていた、ということもあったのかもしれない。


「それで、今回は何のようですかな」


ウルバノは、特徴的な二重顎を震わせて尊大に問うてきた。


「実は、こちらをご覧いただけたら、と思いまして」


と、俺はサラに合図して羊皮紙を板と紐で閉じた冊子を持ってこさせた。


「これは?」


ウルバノが怪訝そうに聞く。


ウルバノが不思議に思うのも当然で、羊皮紙は通常、巻物の形でやり取りされる。端を蝋で封印し、家紋入りの金属棒などを温めてから押し付けて中身が見られていないことを証明する、手紙である。

報告書なども、その形式でやり取りされる。


一方、本は羊皮紙を綴じるのは一緒であるが、基本的に高額なもので貴族や教会、魔術師ギルドで保管されているものである。装丁は革で装飾され、屋敷や教会、本部の奥の本棚に所蔵されている。特に貴重なものについては、魔法の護りがかけられていたり、鎖で本棚と繋がれていたりするものだ。


それらとは形式の異なる冊子を、たかが冒険者風情の俺達が持ってきたのだ。

意外に思わない方がおかしい。


貴族からすると、冒険者など字も読めない無学な農民あがり、との認識がある。

そいつらが、剣を振り回して怪物達を血祭りにあげて、それで大きな顔をしている。

開拓事業には必須の存在なのが、また、忌々しい。


だが、この冊子は何だ?売って賄賂にしろ、ということか?


そういう目で見ている。せっかく用意したものを売り飛ばされてはかなわない。

ウルバノの察しが悪いのはわかっていたので、こちらは丁寧にへりくだって説明する。


「こちらは、私共が調査してまとめております、冒険者達の活動でございます」


「ふむ?」


察しの悪い奴め、俺がお前を出世させてやろうというのに。


「冒険者事業の現状を、数字と表でまとめたものでございます」


「ほほう?」


ようやくウルバノは興味を示したようだ。

そりゃそうだ。興味を示してくれないと困る。俺とサラが駆け出し冒険者向けのツアーでずっとまとめていた資料と、冒険者ギルドの窓口連中を買収して集めた情報をまとめてあるのだから、手間がかかっている。


「こちらをギルド運営と報告の役に立てばと提出させていただこうと思ったのですが、私共では貴族様にどのような形式でどなたにお渡しすれば良いのかもわからず、ウルバノ様におすがりしようと考えたのでございます」


「ほう?」


本当に、察しの悪い奴だ。手柄を譲ってやる、と言っているのにわからんらしい。


「こちらの冊子、このような装丁で良いのでしょうか?」


冊子の表紙は、飾り気のない板に、わざとしてある。

個別具体的にケチをつけられる部分を、わざと成果物のスキとして作ってあるのだ。

人間は面白いもので、自分に意見が挟める余地があると途端にイキイキとして、成果を自分のものと思う傾向があるからだ。


案の定、ウルバノはようやく反応した。


「ほうほう、そうだな。この冊子は、少なくとも革にする必要があるな。金縁にする必要もあるだろう」


「なるほど!そうですか。さすが貴族様となると違いますな」


俺は顔の表情筋を総動員して、精一杯ヨイショした。後ろで、サラが顔をひくひくとさせているのを感じる。


「それで、中身の方ですが・・・」


そう説明を始める。ようやく、この二重顎にも意味がわかってきたようだ。

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