第103話 謁見

伯爵の城につくと、城門の内側の警備室のようなところで所持品の検査を受ける。

ここでも、ジルボアはあっさりと終わったが、俺は頭髪の間の中まで執拗に検査された。

毒針などの暗器を隠していないか、念のためだという。

逆に言えば、これだけ検査されるということは、確実に伯爵様に謁見できるということだ。

そうでも思わないとやっていられない。


一通りの検査が終わると、控室に通される。

俺達ぐらいの身分だと、個室には通されず、謁見する者達が控える大部屋があり、そこで呼び出されるまで待つのだ。


控室の大部屋は落ち着いた調度類で揃えられた、大きな邸宅の客間を幾つかつなげたような形をしている。

おそらく、もともとは幾つかの部屋だったものの壁を取り払って繋げたものなのだろう。


柔らかいソファに座ると、給仕が何か飲み物は、と聞いてくる。

俺もジルボアも、敵地で飲食物を頼むほど肝が据わっていないので、遠慮する。


控室には、俺達の他にも数組、上等な身なりの者たちが同じように手持無沙汰で控えている。

お互いに面識はないが、何となくお互いの衣装や飾りをチラ見して、身分や力関係を探りあっている。


俺は、元の世界の結婚式の控室や、営業で大企業の受付で待たされている時の気分を思い出していた。


そうして、係官らしき人が名前を呼び、呼ばれたものは順に出ていく。

順番の消化される時間から逆算すると、1組あたりの時間は10分から15分程のようだ。


まあ、謁見など実務的な根回しが終わった後の確認のようなものだから、それくらいでいいのだろう。

根回しなしに突っ込もうとしている俺達が異常なのだ。


俺達の身分は決して高い方ではないので、俺達より後から来た連中にも数組に抜かれ、昼前に入ったはずが、順番が来た時には既に午後を回ろうとしていた。


係官が言う。

「剣牙の兵団、ジルボアとお付きのもの、ついて参れ」


「「ハッ」」


俺はジルボアの後に箱を抱えてついて行く。高貴な人は荷物を持たないものだから、俺の役割はジルボアについて荷物を運ぶお付きの係の人だ。また、そうでなければ謁見はできない。


係員に促され、生まれて初めて足を踏み入れた謁見の間は、城というよりも聖堂を想像させる造りをしていた。

通路には赤い絨毯が敷かれ、左右には彫刻で装飾された柱が立ち並び、天井からはステンドグラス状の窓から光が降り注ぐ。

柱を背にして板金鎧(プレートメール)を着て盾を持った騎士達が立ち並び、万が一にも謁見者が伯爵に危害を加えようとする意図を持たぬよう警備をしている。おそらく、伯爵と自分達との間には、見えないところにも警備がいるであろうし、何らかの魔法的な護りもされているハズだ。


そうして、通路の絨毯がのびた先に、数段高くなった台座があり、そこにこの街の支配者であり所有者であるルンド伯爵が座っていた。

台座にも装飾があるが、ルンド伯爵の服装はそれ以上に装飾が凄い。服にも肩にもキラキラとした飾りがついており、幾つかは鈍い光を放っている。おそらくは魔法の品だ。

年齢は60代だろうか。頭髪も髭も白髪交じりではあったが豊かであり、鼻は鷲鼻のように太く鋭い。眉は太く目は冷たい。支配者の顔だな、というのが俺の印象だった。


俺達は係官に促されるまま、伯爵の台座から15メートルほどの場所まで進み、そこで片膝立ちになり頭を下げ、係官の合図を待つ。


しばらくすると、伯爵の脇に控えた文官が、俺達に声をかけてくれる。


「剣牙の兵団、ジルボアと申すもの、謁見の事由を述べよ」


「ハッ」と返事をしたジルボアは俺に目で合図をする。俺が箱を掲げると、ジルボアは


「こちらを納めさせていただきます」


と奏上すると、伯爵の文官達の何人かのリレーを経て伯爵の近くまで箱は移動された。


「これはなにか、と伯爵が仰られている」


と、伯爵にゴニョゴニョと耳打ちされた文官が言う。


「ハッ。これは守護の靴と申しまして、魔法を使わず魔法のような強さと護りを足に与える全く新しい靴でございます。この靴を製造するにあたり、伯爵様に献上させていただきたく存じます」


ジルボアが一息に言う。それに合わせて、お付きの文官が箱を開ける。

いいタイミングだ。予め、賄賂を握らせておいて良かった。


箱から出された靴は、銀と金の装飾に光輝き、有翼獣(グリフォン)の羽が植えられていた。

靴のつま先には小火竜(レッサーファイヤドラゴン)の革が使われ、足裏の滑り止めには軽銀(ミスリル)が使われている。靴の表面は最高級の油で磨かれて輝いており、匂い袋で花の香りもついている。


この、俺から言わせるとゴテゴテして趣味の悪い、だが高価に見える靴が俺達の伯爵様への献上品だ。

これを謁見までの限られた日に作らせるのは、本当に苦労した。

材料を揃えるところから製造まで、スイベリーの義父の伝手やゴルゴゴにも相当にムリをさせた。


だが、それだけの価値はあったようだ。

文官が伯爵に何かを耳打ちすると、伯爵が初めて肉声で


「よろしい。殊勝である」


と意外に太い声で言った。


「ハッ。ありがとう存じます」


ジルボアは、片膝立ちのまま返答し、俺は黙って聞いていた。


俺達の謁見は、それで終わった。

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