第104話 組織のメンツ
謁見の間を出て、控室に向かいながらジルボアが話しかけてきた。
「ケンジ、あれで良かったか?」
「ああ、十分だ」
俺達が敵の攻撃にとった策とは。
それは、敵が反応する前に相手の頭(トップ)を抑えてしまうことだ。
敵が、自分達の頭(トップ)の権威を使って攻撃してくるのならば、そのトップに話を通してしまえばいい。
このあたりは、組織の話の面白いところで、組織をまとめるトップの面子は、外に向いたときは、とことんまで組織防衛のために戦う方向に働くことが多いが、内側に向いたときは統制を促す方向に働くことが多いのである。
広島あたりの集団の実録モノっぽく表現すれば「このままじゃ組の面子は丸つぶれじゃあ!とことんやったれ!!」という話になるか「俺が話をつけたんじゃ!この中に文句ある奴はおらんじゃろうなあ!」という違いである。
大きな組織になると手足の末端がやっていることをトップが知らない、ということはよくあること。
風通しの悪い縦型の組織であれば、なおさらである。
今回の策は、組織の面子と連絡の悪さを利用し、組み合わせた策となる。
要するに、手足のやっていることがトップに伝わる前に、トップと話をつけてしまう。
そうすると、トップは面子にかけて手足の暴走を統制せざるを得ない。
今回の謁見で、靴製造について剣牙の兵団は「殊勝である」との伯爵の言質(げんち)を取った。
献上品が、その物証である。
当然、工房には伯爵に献上した豪華靴の複製品(レプリカ)を飾り、伯爵の認可をアピールするのである。
敵は、靴事業を表だって妨害することはできない。伯爵の面子を潰す行為だからである。
直接の暴力的介入なら剣牙の兵団が防いでくれる。
おそらく、毎年違った靴を献上する必要はあるが、安全保障の費用としては安いものである。
そうして、事業が大きくなるまでの時間を稼ぐのだ。
だが、敵はおそらく直接的な暴力に訴えて来ることはないだろう、と踏んでいた。
それをするなら、始めからやっているだろう。
今回の攻撃は、ただの様子見か、単純に表だって振るえる動員力がないのか、どちらかのはずだ。
そうして謁見の控室に戻る道を係官について向かっていると、来る時の通路には見かけなかった彫刻を見かけた。
違う場所へ誘導されている。俺達は控室に向かっていない。
ハッ、と誘導係の係官を見たが、背中を向けているので表情は読み取れない。
「ジルボア」と注意を向けて囁くと
「ああ、わかってる」とジルボアは軽く腰の剣の柄を叩いた。
そりゃあ、お前は何が来ようと平気だろうけど、俺、丸腰なんだけど・・・。
不意の襲撃に備え神経をすり減らしつつ数分ばかり歩くと、やはり控室とは別室に通された。
「こちらでお待ちください」
と部屋の扉を開けるよう係官が促す。
こういうのは係官が開けてくれるものじゃないのか。
「ここは来るときに寄った控室とは違うようだが?」
と時間稼ぎのつもりで質問してみたが
「お帰りの際は、こちらでお待ちいただくことになっております」
と返してくる。
嘘だな。謁見の流れについては予め調査してある。
そんな話、聞いたこともない。くそっ、誘導係は買収し忘れていた。
「どうする?」とジルボアが聞いてくる。
「相手様の顔を拝むチャンスだ。ありがたく招待にあずかろうぜ」
俺がジルボアと対等な口を聞いたので、係官は驚いたようだ。
だが、そんな木っ端役人の困惑に付き合っている暇はない。
扉を開けた向こうには何がいるのか。暗殺者達が大勢飛びかかって来るか、衛兵が槍を並べて控えているか。
下賤な男の野性的魅力に興味をそそられた上流階級の美女の群れが待ち構えているといいが。
さて、貴族様への謁見、第二ラウンドだ。
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